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五千回の出会い

(帝京大学教授)延廣 眞治


 1860年、つまり井伊大老横死の年として記憶されている万延元年の10月、清水次郎長一家が、宏田和尚の奢りで河豚汁を楽しんだところ、次々に倒れた。ただ1人しびれの軽かった次郎長が解毒させようと穴を掘って埋めたものの、二名は遂に中毒死。その角太郎・喜三郎を含む11人の名を刻した供養墓が、宏田和尚の住した梅蔭寺にあり、今も次郎長に随従している感がある。その中で興味をそそられるのは松本龍玉の名。
 この龍玉は三代目神田伯山によると、初代水雲斎龍玉とのこと。つまり伯山が、清水次郎長伝を完成させる過程で果した、他の講釈師の役割を知る鍵と思えるからである。龍玉は次郎長の身近にいて、その行状の証人として、「清水次郎長伝」形成に何らかの役割を担ったに違いない。しかし、『愛知県人物誌』後編(明治12年刊)に本姓と住所が載る他、全く手懸りがなかった。ところが何と第5リールに、ビラが納められているではないか。加えて講釈師の番付も九枚ほど収録されている。子細に見れば、その名を見つけ得る可能性もあろうというもの。捉えどころの無かった龍玉も、漸くその輪郭を顕した感がある。
 実は先日、歴史民族博物館の展示「民衆文化のヒーローたち」(仮称)の準備に、梅蔭寺を訪れたので、龍玉のビラが目に入ったのである。この『貼込帖』には、龍玉のビラのように、散佚し易い一枚摺が、五千枚納められている。つまり、五千回興奮する種子が秘められているのである。五千個、研究の萌芽が存するのである。しかも全て居ながらにして接し得る――大平の恩沢ここに極まれり。さあリーダーを回そう。



純粋な書物好きの思い出

(東京国立博物館客員研究員)柴田 光彦


 この度、早稲田大学演劇博物館所蔵の「安田文庫旧蔵貼込帖」をマイクロ化して公開することになった由、まことに快挙というべきであろう。
 二代目安田善次郎氏(1879〜1936)は、全国屈指の大富豪の、純粋な書物好きとして知られ、少年の頃から日本橋の京常という絵草紙やら本を扱っていた有名な珍書屋と馴染みとなり、手ほどきを受けて、書物の収集を始められ、早稲田大学の市島春城(謙吉)先生やら三村竹清氏らと懇意になられたという。安田文庫は関東大震災で30年間の蒐集を灰燼に帰してしまった。初期の蒐集は江戸文学に関するものが主であったというが、震災後は古版本・古活字版の蒐集に力を注ぎ、それらは川瀬一馬氏の研究によってよく人の知るところである。
 演劇博物館の「安田文庫」には能狂言に関するもの、役者評判記の類のものの他にこの五千点を超える膨大な一枚物の貼込帖がある。大小あわせて九二冊におよぶ。古典籍に焦点をかえられてもなお若き日の思い出とともに、求められたものが自ずとこの量になったものであろう。なお早稲田大学図書館にはまた校友の西垣武一氏の集められた「西垣文庫」があり、この中にも多くの一枚物があり「幕末・明治のメディア展」が開かれている。
 図書館・博物館などにおける『貼込帖』は通常の図書と違い、特別な扱いが必要であり、私はその整理の側から、また閲覧者としての両方の立場から、その苦労と歓びを知る一人であると思っている。この度、雄松堂書店から「安田文庫」の『貼込帖』がマイクロ化されることはまことに喜ばしい限りであり、ここに推薦する次第である。


魅力あふれる一枚刷の宝庫

((財)阪急学園池田文庫研究員)北川 博子


 江戸時代の歌舞伎は、出版文化に支えられていたと言っても過言ではない。現在のポスター、チラシ、パンフレットに相当する番付類、芸評を載せた役者評判記、人気役者の姿を写した役者絵、さらには多種多様な「一枚刷」と呼ばれるものに至るまで、実に様々な出版物が世に送り出されていたのである。
 近年、各所蔵機関が番付類の整理を積極的に行い、目録を作成してきた。その結果、番付を利用しての役者絵考証が容易になり、図録の刊行も盛んになってきている。しかしながら、歌舞伎関係の一枚刷については、なかなかその実体を把握し難いのが現状である。その要因は、現存率が極めて低く、また、所蔵機関の整理も進んでいなかったことにあるだろう。従って、それらを研究的な見地から利用することがほとんどなされてこなかった。ようやく最近になって、一枚刷を積極的に評価しての研究が始まったのである。
 安田文庫の「貼込帖」は、番付類はもとより、本来散逸しやすい一枚刷の資料が豊富に収められている。それらは歌舞伎そのものに関連したものもあり、また、歌舞伎がとりいれた風俗・事件などを扱った一枚刷もある。この貼込帖の重要性は以前から知られていたが、資料の性格上、閲覧が容易ではなかった。今回マイクロ化されることは、一利用者としても大変ありがたいが、学界においても、これらの資料を利用しての新たなる研究が生まれることに期待しているのである。

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