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1930〜40年代の日本経済研究に大きな貢献
東京大学経済学部教授 岡崎 哲二

 今回、「工鉱業関係会社報告書」がマイクロフィルム化されたことは、戦時期を中心とする一九三〇〜四〇年代の日本経済研究にとって非常に大きな貢献である。経済史研究者の間では周知のように、『有価証券報告書』が存在しない一九四八年以前の日本について、個別企業のデータを得ることは必ずしも容易ではない。各企業の『営業報告書』の収集とマイクロフィルム化が進んだことによって、貸借対照表・損益計算書を中心とする基本的な財務データについては、かなりの程度、利用できるようになったが、『営業報告書』には通常、生産額・生産量・設備などの企業活動の実物面に関する情報は含まれない。また戦争末期については残存している『営業報告書』が相対的に少ないという問題もある。今回マイクロ化された「工鉱業関係会社報告書」は、こうした資料上の制約を大幅に緩和するものである。
 武田晴人教授の「解題」によれば、本資料は、占領当局(SCAP)の指令(ポツダム勅令)に基づく日本政府の政令によって、事業規模一〇〇万円以上の工鉱業会社に提出が求められたものである。SCAPの経済科学局(ESS)文書の中に企業に関する同様の情報を含む資料があることから、当時何らかの調査が行われたことは推測されたが、ESS文書の関連する資料は断片的であり、利用には不便であった。今回のマイクロ化によって主要企業二二七二社のデータがまとめて利用可能になったことの意味は大きい。

戦時経済研究に新たな地平を切り開く基本資料
大阪大学大学院経済学研究科教授 沢井 実

 この度、東京大学経済学部図書館が、東洋経済新報社より寄贈を受けた「占領初期実態調査 工鉱業関係会社報告書」が株式会社雄松堂出版からマイクロフィルム版として発売されるという。本コレクションには1944年時点で事業総額100万円を越える工鉱業会社2272社の社歴、設備現況、35年以降10年間の財務・生産データなどが収められている。戦時経済研究に関心を有する者にとってたいへんな朗報である。
 戦時期日本企業に関する基本資料として第一級の価値を持つ本コレクションの最大の特徴は収録企業のカバリッジの大きさにある。例えば太平洋戦争期の各統制会のなかで最多数の会員企業を擁したのが産業機械統制会と精密機械統制会であったが、前者の場合、1944年6月末現在の会員企業数は888社、うち資本金100万円以上企業が308社であり、社名から確認するかぎり、そのなかの138社のデータが本資料に含まれている。同様に精密機械統制会第1類会員(工作機械)359社(43年5月現在)のうち126社、第2類会員(工具)138社のうち68社のデータが収録されている。収録企業のなかには、社史類はもちろん、営業報告書を入手することさえ困難な企業が数多く含まれている。
 従業者数数十人から数百人規模の中堅企業に関する分析は戦時経済研究のなかでも決定的に立ち後れている分野である。GHQの賠償関係資料や米国戦略爆撃調査団資料などと突き合わせつつ、本資料を有効に活用することによって戦時経済研究に新たな地平が切り開かれることを期待したい。

敗戦直後の経済事態解明に大きな役割
東京国際大学経済学部教授 原 朗

 今回まとまって発見された「工鉱業関係会社報告書」がマイクロフィルム版として公刊される運びとなったことは大変喜ばしい。今から20年ほど前、当時アメリカ公文書館スートランド分館に所蔵されていたSCAP/GHQ資料のうちいくつかの未整理文書群を調査していたとき、筆者は何点かのこの「A.P.O.500」関連英文資料を眼にしたことがある。大変興味深い資料であるとは思ったが、何分にもまったく断片的なものしかなく、また当時の筆者の関心は対日賠償政策のみに限定されていたため、関連資料を追求するにはいたらなかった。
 周知のように戦時末期に関する資料の欠落は甚だしく、加えて敗戦後初期の混乱のうちに失われた資料も少なくない。その結果として、戦時初期の事情や中期の状況から類推して直ちにこれを戦時中の経済状態全般と同様に考え、誤った判断を下す恐れが大きかった。今回公刊される資料は、この時期の経済事態を正しく解明するために大きな役割を果たすであろう。とりわけ2000社を超える企業について財務諸表や生産額、設備状況などが一覧できることは重要である。保存された東洋経済新報社、ならびに多大な労力を要する資料整理作業にあたられた武田晴人教授をはじめとする皆さんのご尽力に感謝するとともに、雄松堂出版によるこのマイクロフィルム版を広く研究者の仲間に推薦したいと思う。

歴史の空白を埋める重要企業史料の発掘
東京都立大学経済学部教授 山崎 志郎

 戦時経済研究の困難は何よりも史料の欠落であった。1939年頃より「工場統計表」などの経済統計は公表されなくなり、太平洋戦争期には包括的データの集計自体がほとんど行われなかった。戦時下に作成された工鉱業関連統計で、現在確認できるのは、物資動員計画、生産(力)拡充計画、軍需動員計画など一部の計画産業に過ぎない。しかも敗戦時の組織的な資料廃棄によって、残されたものの多くは断片的であり、太平洋戦争期をカバーできるものは極めて少ない。
 このため、戦時下の包括的な経済実態は、戦後になって政府や各種業界団体が公表した一連のデータから知る以外にはなかった。これらは戦後の経済誌や、官庁統計・業界機関誌の刊行再開の際、まとめて掲載されたが、そこから得られる情報量は少なく、企業別・製品別の生産実績が分かる史料はほとんどなかった。
 今回発掘されたGHQの指示による「工鉱業関係会社報告書」は、営業報告書の欠落の多い1940年以降の損益計算書・貸借対照表に加え、各社の製品別生産実績が記載された極めて重要な史料である。このような企業別史料は、戦略爆撃調査団調査書類(国会図書館県政資料室蔵)にもほとんど残されていない。主要企業を網羅した報告書が作成され、それがほぼ完全な形で残されていたことは驚くべきことであり、歴史研究の共有財産の発掘を心より喜びたい。


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