南部藩代々の家老によって書きつがれてきた執務日誌で、原本の書名は「雑書」であるが、「南部藩家老席日誌」と呼びならわされている。外様大名の日記は必ずしも少なくはないが、南部藩は岩手県中部から本州の北端下北半島に至る大藩であり、きびしい自然条件のなかでの藩政が豊かな内容を盛って記されている。東北地方の他藩と同様に、南部藩は元禄8(1695)年から天保年間まで、しばしば凶作に見舞われて飢饉が続き、さらに地震、津波、冷雨、洪水などの災害をしばしばうけている。このため100余件という全国有数の百姓一揆が発生しており、家老たちがその対策に忙殺されたことが日誌からうかがえる。南部の名産とされる馬の育成や砂金を中心とした鉱山事業関係の記録も貴重であり、東北史研究の基本史料である。わずかの欠年分があるが、正保元(1644)年から天保11(1840)年までの全189冊をマイクロ化した。