1. 臨場感あふれる先駆的写真 2. 銀板写真からコロジオン湿板写真へ
3. 『ヤング・ジャパン』の著者ブラックにより創刊 4. わが国ジャーナリズムの発展に寄与
岡部昌幸 (帝京大学助教授)
シャープな映像と豊富な文字情報。今見ても新鮮な「新聞」が130年前に日本で発行されていました。その名は『ザ・ファー・イースト(The Far East)』。
まるで西部劇の開拓地の舞台セットのような、広々とした横浜の外国人居留地。浅草や日本橋ににぎわい。町かどには働く馬。浅黒く健康的な肌がつややかな職人の笑顔。キリッとした日本美人。約600枚の古くて新しい映像の数々。
時代は明治維新まもない明治3年から8年のころ。まだ人々は丁髷(ちょんまげ)を結い、きものを着ています。東京と呼ばれることになったばかりの江戸の町は、実に緑と水の多い町でした。その映像には、平和で牧歌的な雰囲気と江戸情緒が色濃く写し取られています。名所・旧蹟は堂々と構え、しっかり伝統は残っていました。
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しかし、時代は猛スピードで移り変わります。上海や香港と肩を並べる開港場・貿易港として急速に繁栄した横浜だけでなく、東京や大阪そして地方の町にも、西洋式の建築と生活洋式が浸透し、文明開化の大波が押しよせていたのでした。
『ザ・ファー・イースト』は、古き良き伝統と最新の文明が共存していたこの明治初期の目くるめく不思議世界をまざまざと見せてくれます。歴史のドラマティックな変動が『ザ・ファー・イースト』のクリアーな写真と記事によって臨場感をもって再現されていきます。明治維新直後の日本とその社会がまさに「実況中継」されるのです。