ちょんまげ時代の日本最初の写真週刊誌
『ザ・ファー・イースト』

1. 臨場感あふれる先駆的写真 2. 銀板写真からコロジオン湿板写真へ 
3. 『ヤング・ジャパン』の著者ブラックにより創刊 4. わが国ジャーナリズムの発展に寄与

岡部昌幸 (帝京大学助教授)


4. わが国ジャーナリズムの発展に寄与


THE HOUSE MIYANOSH'TA.

 ブラックが注目したのはジャーナリズムでした。19世紀半ばに欧米で流行し、今日のジャーナリズムの発展のきっかけとなったのは、わかりやすく迫真的な挿し絵を大きく扱った「絵入り新聞」と「風刺雑誌」でした。世界各地から横浜に集まった人びとにとってもっとも必要とされたのは、世界各地の最新情報と日本についての正確な情報です。ブラックは新聞発行によって情報とその分析を海外に提供しようとします。

TSUKEMONOYA.

 ブラックは『ジャパン・ヘラルド』紙の編集者をへて独立し、創刊した『ジャパン・ガゼット』紙の経営を人に譲って、オーストリア人の写真家モーゼルという協力者と出会って、満を持して隔週刊の画期的な新聞を発刊したのでした。今日、『ザ・ファー・イースト』は同じく横浜でワーグマンが発刊した風刺雑誌『ジャパン・パンチ』とともに草創期の日本のジャーナリズムを代表する出版として評価され、詳しい研究が待たれています。 明治初期のジャーナリズムは国政を動かすほど重要でした。ブラックは続いて東京で日本語の新聞『日新真事誌』を創刊しますが、『ザ・ファー・イースト』とともに政府の弾圧で廃刊されてしまいます。しかし、ブラックが主張し続けた民主主義の言論と日本への愛は、彼の残した出版と写真によって十分うかがうことができます。

 ブラックの遺児が日本初の外国人落語家となって活躍したのも彼の日本への愛の産物といえるでしょう。(岡部昌幸)

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