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本日は早稲田大学でのこのフォーラムに参加させていただきましたことを、大変よろこばしく思います。お招きいただきました雄松堂書店、特に新田氏にご感謝申しあげます。
私は主に日本アジア協会についてお話ししたいと思います。日英関係についてのトークの途中で、いったい何故そのような話題が出てくるのか、と思われるかも知れませんが、やがておわかりになると思います。林先生のお話の中でアーネスト・サトウや、ウィリアム・アストン、バジル・チェンバレンといった名前をおききになったと思いますが、これらの人々はみな、日本に関するすぐれた研究業績を日本アジア協会の中で発表してきたのです。そして彼らはみな、たいへん優秀な英国人でもありました。
本題に入ります前に、最近新田さんが私におっしゃった事を申しあげたいと思います。新田さんはこうおっしゃいました。今年は日英関係の節目を祝う年であります。具体的に数字を申しますと、まず今年は日英同盟締結の100周年になります。もちろん、この同盟以前にも両国は条約を交わしております。最初の条約はまだ徳川幕府の時代、1859年に締結されています。今年はまた、雄松堂書店の創業70周年の年でもあります。これも日欧関係の理解に貢献してきた雄松堂の歴史の中で大きな節目といえます。またさらに、今年は日本アジア協会の創立130周年であることも申しあげたいと思います。新田さんは、私が思いつくよりも早く、これらの数字を全部足されて「今年はのべ300年の祝賀年ですよ!」とおっしゃいました。このような途方もない時間の流れを記念する機会に参加させていただきましたことを大変名誉におもいます。
しかし時間の流れを重要にするのは、単に長さだけではありません。長さももちろん大事ですが、その長い中で活動してきた人物こそが、時間の流れに価値を与えているといえます。先ほどチャーチル氏の語られたお祖父様の思い出にもありましたように、我々の記憶に残るのは人物であります。 チャーチルは、特殊な時代に生きた、並外れた人物だったからこそ、周囲の出来事に強力な影響を与えることができました。このことは、林先生の語られたサトウについても言うことができます。
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| 1. 講演にあたって |
2. 日本アジア協会設立 |
3. 日本アジア協会発足当時の時代背景 |
| 4. 言語とコミュニケーションの障壁 |
5. 言語能力の個人差 |
6. コミュニケーションの落とし穴 |