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19世紀は貿易の時代であり、英国を動かしたのも貿易でした。東アジア、特に日本に英国人や他のヨーロッパ人が来航したのも貿易が目的でした。貿易は技術力と資金力を必要とします。またそのほかに、忘れられがちな重要な要素がコミュニケーション、特に言語の問題です。私は言語学者で、言語とコミュニケーションの問題について強い関心を持っています。例えばアーネスト・サトウが日本語の学習に際して使うことのできた資料について考えますと、今日のわれわれが手にしているような辞書はまったく存在し
ませんでした。単語表のようなものがいくつかあっただけです。また今ならあって当然のものと考える文法書も、当時は簡単には手にはいりませんでした。当時ポルトガル人の学者が書いた日本語文法書が存在し、オランダ語訳とフランス語訳が出されていたそうですが、サトウの手元にはなかったようです。つまり、サトウが日本語の学習を始めたときに、今日われわれが当たり前のように使っている、辞書、教科書、文法書、語学プログラム、映画のような便利な資料のすべてが欠けていたのです。サトウのおかれた状況はわれわれに、動機の問題、興味の問題、やりたいことのために費やすエネルギーと時間の問題について考えさせます。やりたいと思うことに十分な時間をかけない限り、多くの障壁をのりこえて結果を出すことはできません。今日のように便利な資料をもたなかった当時の先駆者たちが、とてつもない障壁を超えなければならなかったことは、いうまでもありません。
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| 1. 講演にあたって |
2. 日本アジア協会設立 |
3. 日本アジア協会発足当時の時代背景 |
| 4. 言語とコミュニケーションの障壁 |
5. 言語能力の個人差 |
6. コミュニケーションの落とし穴 |