「ウィンストン・チャーチル:その人物と生涯と文書集」


「吠える」幸運

1954年に80歳の誕生日の席で、戦時中の日々を振り返りながら、チャーチルはこのように言いました。

「多くの人々が親切に言ってくれたこと、『私が国家を鼓舞した』ということを私は認めたことはありません。英国民の意志は固く、強靱であり、そして彼らが示したように、征服不可能なものでした。獅子の心を持っていたのは英国民であり、世界中の人々でした。私はただ幸運にもその先頭で吠える役割を任されただけです。」

チャーチルの非凡な生涯とその優れた功績は、ある種の驚異なしに考えることはできないものです。そしてその生涯と功績についての詳細は、今回マイクロフィルム化が進められている、ケンブリッジ大学チャーチル・カレッジの100万点以上におよぶ文書集に見つけ出すことができます。この文書集は、チャーチルが母に書き送った1054通の手紙や、有名な演説の原稿、文学作品の原稿などを含む宝の山です。祖父は何一つ捨てずに保存した人でした。この文書集は世界でももっとも重要で包括的な文書集成であるといえましょう。

90歳で死を迎える頃までにチャーチルは、50巻以上にわたる歴史的著作、伝記、演説を書き終えていました。加えて、自らの手で3軒の別荘と、野菜園を囲む高い壁を建てていました。またケント州チャートウェルの邸宅には、自ら描いた500点近いキャンバスが遺されており、その中には非凡な出来映えのものもあります。また東京、横浜、名古屋と京都に、彼の名を冠したアマチュア画家の会である「チャーチル会」が存在していることを知ったら、祖父はさぞかし驚いたことでしょう。ウィンストン・チャーチルが生涯の間にこれだけ多くのことをやりながら、しかもその合間にヒットラーをこてんぱんにやっつける時間を見つけることができたとは、誠にたいした人生ではありませんか!


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1. ウィンストン・チャーチル:その人物と生涯と文書集 
2. ミレニアムの偉人 / 1940年5月/6月 
3. 「交渉による和解」? 
4. 英語を動員する 
5. 運命の確信 
6. 自分が不死身だという確信 
7. 捕虜と脱走 
8. 波瀾万丈の政治人生 
9. 「吠える」幸運