![]()
それから160年後、このケンペルの知識を持ってきた英国人は、その期待を裏切らない日本の美しさを見いだします。経済力、技術力、軍事力を基準とすると、日本は遙かに英国に負けていました。しかし、その景観、景色が与える日本の影響力においては、英国だけではなく、フランスにまで及び、それがジャポニスムという印象派を生んだことはご存じの通りです。
力の文明、美の文明どちらが勝っているや否やは、質の違いから問うことはできませんが、日英の文化的交流が、その時代においてもあったことを、改めて思い返すことができるのではないでしょうか。
そのような意味において、一種、対等の関係を歴史から学ぶことができます。農村においては「ホーティカルチャー」と英国人が称した、世話をかける庭造りのような農業をし、かたや都市においては、園芸が世界最高のレベルに達していたという事実を考えます
と、日本はこの時代、実は大変にインダストリアルであったと思うのです。
18世紀前後に英国がインダストリアル・レボリューションを経験していたというならば、日本はおそらく江戸時代のどこかの時点で、おそらく英国がインダストリアル・レボリューションを経験している時期に、勤勉、かつ労働集約的に、自分の国の中で全てをつくってしまうという、インダストリアル・レボリューションを経験していたと言えます。
ですから「ものづくり」という意味において、ユーラシア大陸の両端で、ほぼ同時期に、一方は機械技術を使い、他方は人間の労力を使い、一方は労働の生産性を世界一にした英国が生まれ、他方は土地の生産性を世界一にした日本が生まれていたのは、必ずしも偶然とは思えないのです。このことについて詳しく立ち入ることはできませんが、英国と日本は両者が出会う前に、異なる形ではありますが、「ものをつくる」ことにおいて共通性があり、おそらくお互い最も誇り得るべきもののひとつの例として、ガーデンが挙げられるのではないでしょうか。
|
|
||
| 1. 辞書より始まった100年の歴史 | 2. 日英同盟の変遷と世界大戦 | 3. 英国を見た日本人、日本を見た英国人 |
| 4. 歴史から学ぶ対等関係 | 5. アメリカとの意外な共通点 | 6. 第三段階の対等関係にむけて |