(※1)モンタヌスについて(1625〜1683)
Anoldus Montanus van Bergen
オランダ人牧師、著作家。ライデンで神学のち哲学を学んだ。53年スヘリングオウデ、67年から没年までスホンホーフェンの牧師ならびに同地のラテン学校の校長を勤めた。海将ヨハン・ファン・ハーレンの行実、英・蘭海戦史など17世紀を中心とするオランダの海事史や、フレデリック・ヘンドリック、ウィレム・ヘンドリックらオラニエ家頭領の伝記など歴史書を数多く編纂した。特にその著「日本誌」は各国語に訳されて、早い時期に日本の事情を伝えた書として世に宣伝された。
(※2)ケンペル「日本誌」について
Geschichte und Beschreibung von Japan. 2vols. 1777-79
日本を正確にヨーロッパに紹介した最初の著作。1690から2年間、日本に滞在したケンペル(Engelbert Kaempfer, 1651-1716)の日本での見聞記を彼の死後イギリスのスローン卿が買い取り、ロンドンのスイス人医師ショイヒツァーに英訳させ、刊行したのが最初(1724)。つづいて仏訳、蘭訳と版がでたがケンペルの遺稿に基づくドイツ語訳は英訳本がでてから50年後であった。日本の歴史、地理、政治体制、宗教、長崎の貿易、蘭人江戸参府への随行等、実際にケンペルが日本で見聞したことをまとめた大著である。