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Net Pinus 60号

小さな挿絵の展覧会

2005/06/20

コラム:クライドルフの絵本の中に見る自然

クライドルフ「蝶々」1
「蝶々」より
クライドルフ「蝶々」2

クライドルフ「蝶々」3
 日常生活の中で記憶していることとはなんだろうか。いざそう問われると私たちは困ってしまう。それは私たちが周囲の世界について意外にも無関心だからだ。たとえば鳥はどのように飛ぶか、虫の足の数は?毎日同じ時刻に乗る電車から見える風景は、毎日同じではない。よく観察してみれば毎日の景色の中に新しい発見を見つけられるだろう。この絵本はそのような周囲の世界に関心を持つ素晴らしさを私たちに教えてくれる。

前述したようにこの絵本はメルヘンのように超自然的であると同時に写実的でもある。自然の中で遊ぶのが苦手な人はこの絵本を見て気味悪いと敬遠するかもしれない。しかし、私たちの周囲にはそのような生き物たちがたしかに存在する。それらの生き物たちを自分とは無関係と考えて避けるのは簡単だ。テレビを通してしか自然を見ない子どもたちにとって、植物や虫とはテレビの中だけの出来事であり、自分とは無関係のものである。

だが、それでいいのだろうか。私たちが身につけている衣服の素材の多くはもともと植物からもらったものだ。そして我々の周りには必ず自然が存在し、自然があるからこそ我々の住む人間社会は存在する。とすると、この本に描かれた植物を纏う人間は、花の擬人化であると同時に我々自身ではないだろうか。そう思えば、植物を纏う人間への違和感がなくなりむしろ親近感がわくかもしれない。

また、この絵本は観察が好きな人にとっては時間をかけて楽しめる絵本である。素晴らしいアニメーションは周囲を観察し五感で記憶することによって生み出されるように、この絵本も彼自身の生き生きとしたバイエルンの山での療養生活の中から切り取ったディティールによって生まれたはずだ。それほど絵の中には虫や植物の緻密な姿が描かれている。たとえば擬人化された蝶を見てみる。そこには羽の皺から足の関節まで全てが細かく描かれており、彼自身の丹念な観察眼と記憶力を感じずにはいられない。

ここまで書いてふと思った。子どもの頃に遊んだ記憶で強く残っているものはなんだろうか。テレビゲームや遊園地、動物園は子どもにとって楽しいものだ。だがそれらはすぐに消えてしまうだろう。感触や観察が希薄だからだ。むしろ家の近くで捕まえたバッタの足の力強さやアリに噛まれた痛みのようなもののほうが、強く覚えていたりするものだ。この絵本もそのような自然の強さや痛みを持っているのかもしれない。


クライドルフ「蝶々」4

60号 2005/06/20
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