Machiavelli
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次に少し文化的な背景を追ってみたいと思います。いったいどんな人がアルドゥス文庫に親しんでいたのか?まずマキァヴェッリを取り上げてみましょう。チェーザレ・ボルジアの知恵袋でもあったイタリアの政治理論家です。彼がフィレンツェ郊外で隠居している時に書かれた書簡に次のような一節があります。
「森に出て泉に向かい、そこからさらに鳥打ち場に行く、懐中には本を携えている。ダンテやペトラルカや、ときにはティブルスやオヴィディウスなどの群小詩人であることもある。彼らの恋愛と熱情に読み耽り、自らのかつての熱情に思いを馳せ、心地よいひとときを過ごす。」(マキアヴェッリ「書簡集」より)
本を持って散歩をする、これはルネサンス以降の特徴で、中世には見られなかった慣習です。ご存知のように、中世の写本はもっぱら大型本であり、しかも高価でしたから、ときには書見用の机に鎖でつながれていたりします。気軽に散歩に持ち出すというわけにはいきません。ここにあるマキァヴェッリが散歩に持ち出した本は、おそらく小型本でしょう。タイトルはすべてアルドゥス文庫のラインナップに含まれています。アルドゥス文庫を真似た海賊版が、文庫発刊直後からたくさん出回っているのですが、文芸を愛したマキァヴェッリですから、アルドゥス文庫そのものを愛読していたと考えたいところです。
次にこれはブタペストの宮廷のお客さんから、アルドゥスに宛てた手紙の一節です。今日いうところの読者からのお便りといったところでしょうか。
「持ち運びの容易なあなたの出版物ならば、歩いている途中でも、或いは宮廷で廷臣として振る舞う最中でさえも、機会のある度に手に取ることができます。私の特別な楽しみとなっています」(顧客からアルドゥス宛て書簡より)
アルドゥス文庫の小型本であれば、懐中に忍ばせて仕事中でも読むことが出来るというわけです。まあ現代でいえば、仕事中にインターネットで娯楽情報を覗いているようなものでしょう。メディアの変革期に起こりがちな象徴的な出来事かと思います。
今述べたのは上の階級の人々の事例でしたが、アルドゥス文庫の読者は決して貴族だけではありません。『ヴェネツィア娼婦名鑑』というヴェニスの娼婦を紹介した本があります。 その中の一人について次のような記述があります。
「彼女は詩を愛読してるかのように振る舞っており、ポケット判のペトラルカやウェルギリウス、ときにはホメロスなども持ち歩いております・・・」(『ヴェネツィア娼婦名鑑』1536年)
小型本でペトラルカなどを持っていることが、女性のトレンドになっているわけです。今日でいえばルイ・ヴィトンの鞄とかと同じでしょう。「愛読しているかのように」というところがポイントかもしれませんね。要するに愛読してなくても持っているだけで良かったわけです。ブランド品には偽ブランドがつきものであるように、アルドゥス文庫にも海賊版が多数出回っていて、これらも本物かどうか怪しいところです。
次はアレッティーノという、ちょっといかがわしい恋愛文学を書いた人の『ラジオナメンティ』という小説です。ローマの娼婦が、自分のもとに通ってくる男たちのことを、次のように語っています。
「私はカーテンのすき間から、彼らが綺麗な服を着てビロードや繻子のマントを引っかけ、帽子に金具をきらめかせ、鏡のようにピカピカ光る馬にまたがり、ペトラルカの詩集を手に声低く吟じながら、徘徊する様子を飽かずに眺めていました。」(アレッティーノ『ラジオナメンティ』1535-38年より)
馬上で読んでいるのだから小型本でしょう。当時の女性にとって小型の詩集がトレンドであったことを述べましたが、男にとっても、これを持って歩くのがトレンドだったのでしょう。ペトラルカの詩集を悩ましげに読みながら、女の気を引こうと、彼女の家の周りをぐるぐると廻っている。これは小説ですから真に受けることはできないのですが、そういう時代風潮があったということはお分かりいただけるかと思います。
どういう人達がアルドゥス版を買っていたのか、別の角度から見てみましょう。当時ヴェネツィアでは貴族階級が全人口の5%を占めていました。貴族階級というのは政治的権力と経済的権力を持ち、つまり参政権があるうえに経済的な富をかなり独占している階級のことです。その次の市民階級が5%。こちらは政治的な権利は持っていませんが経済的特権にはあずかっている階級です。その下の90%が庶民階級です。庶民階級はさらにふたつに分かれ、ギルド(組合)に入って労働している人々が60%、未加入の者が30%ということになります。年収を見ますと、貴族の平均は700デュカートくらいでしょうか。収入が少ない貴族で300デュカートという例もあります。これはあくまで目安としての数字ですが、市民階級で(年収)100デュカート、庶民で50デュカートといった感じです。
当時アルドゥス文庫一冊は四分の一デュカートでした。その価格がいかほどのものなのか、購入者が貴族であるか市民であるか庶民であるかによって、感覚が違ってきます。仮に貴族の年収700デュカートを700万円くらいと考えますと、四分の一デュカートは2500円ということになります。また購入者が庶民であると仮定しますと、ギルドに入っている親方の日当が四分の一デュカートといわれますから、一日の日当分でアルドゥス文庫一冊が買えるという勘定になります。庶民階級にとっても決して手が出ない価格ではない。つまり決して買えない値段じゃないということです。これは当時のアルドゥスで出していた大きな本の十分の一くらいで、写本になるとさらにそれの10倍、20倍します。ですから写本の時代だととても買えなかったものが、アルドゥス文庫だと庶民階級でも親方の日当くらいで買えたというわけです。