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Net Pinus 65号

新・古書への扉

2006/09/25

新・古書への扉

新古書への扉-古書の愉しみは十人十色-
専門知識がないと・・・そんなイメージを古書に持っていませんか?
実は古書の愉しみ方は100人100通りなのです。もっと気楽に、自由に古書を眺めてみましょう!

文字を読んで先人の知識を探求するのはもちろんですが、本はそれだけではありません。精巧な皮装幀から職人のこだわりに感銘をうけたり、写本のタイポグラフィーに斬新さを発見したり、一枚の美しい挿絵をぼんやりとながめてみたり・・・。ちょっと手ののばしにくい古書の世界に通じる扉・・・どの扉から入っても結構です。是非一度、古書の奥深さを覗いてみませんか?

■体感する古書


Folio. 2 vols. First edition, first issue. 194 pp, a portrait of Dante and 75 plates, hinges weak; 402 pp., 60 plates. Quarter bound, gilt lettering on spine and front cover, a.e.g.

 古書の傍で働き始めて、早5年半が経ちました。これまで、たくさんの古書を見たり、実際に手で触れたりする機会に恵まれてきました。(たくさん、と言っても洋古書の海の中ではごく一部に過ぎませんが。)そうしてわかってきたことの一つは、洋古書の中には「頭」ではなく「身体」に訴えてくるものがある、ということです。「身体に訴えてくる」というのは、つまりは「とても重い」ということです。私は非力な方ではありませんが、古書の中には、たまに足腰、そして腕にグググッと力を入れてからでないと持ち運びのできない類のものがあるのです。今回ご紹介するドレ画ダンテの「神曲」(*1)は、まさにその類の本と言えましょう。(上記写真)「地獄篇」で1巻、「煉獄篇」「天国篇」で1巻の全2巻からなる本書は、「地獄篇」が7.6キロ、「煉獄篇」「天国篇」が8.3キロもあります。

 フランスの画家ギュスターブ・ドレ(Paul Gustave Dor?, 1832−1883)とイタリアの詩人ダンテ(Dante Alighieri, 1265-1321)、どちらもとても有名人です。その偉大さは改めて述べるまでもありません。2004年に町田市立国際版画美術館で開かれた「ダンテ 神曲の旅」展のカタログには、本書の出版の経緯が詳しく書かれています。そのカタログによりますと、ドレは早熟で5歳のころから風刺画を書き始め、9歳のときには「神曲」を描こうと試みたそうです。ドレが本格的に「神曲」に取り組み始めたのは、1855年の秋でした。当時、ドレはまだ20代前半。19世紀と現代では年齢の感覚や人間としての成熟度が違うのでしょうが、それでもやはり、その若さに驚いてしまいます。ドレが「地獄篇」の絵、75図を描き終えたのは1857年のことでした。その後、出版までには下記のような経緯がありました。

写真2
「木口木版(*2)で刷り、本文とともに1部100フランの豪華版で出版することがドレの希望だった。しかし安価で大量の売り上げが期待できる大衆的な挿絵本ならともかく、「それでは400部も売れないだろう」と版元のアシェット社は彼にいったと伝えられている。そこでドレは彫り師の費用から紙代まで自費で製作した。こうして1861年に出版された初版3,000部はしかし、幸運にもわずか数日で完売した。」(「ダンテ 『神曲』への旅」 町田市立国際版画美術館、2004年、p.89より)

 本書の扉絵はダンテの肖像画になっています。(写真2)顔の右半分をこちらに向け、空を見つめるダンテ。口はへの字に曲がっています。いかめしいその表情からは「この本は半端な気持ちで開くものではない、しかと見るのだ」というドレとダンテのメッセージが伝わってくるようです。ページを捲れば、ダンテとウェルギリウスの旅が始まります。暗い森の中で独り不安げに立つダンテ。(写真3)ダンテはウェルギリウスと地獄・煉獄・天国を共に旅する中で、さまざまな場面に遭遇します。(写真4−16)

写真3
 ドレは地獄篇の75図、煉獄篇42図、天国篇18図の合計135図の絵を描いています。枚数からもわかるように、地獄篇には特に重点が置かれています。全てを見終わる頃には、筆舌に尽くしがたいその世界観に、ある種の疲労感さえ感じるほどです。ドラマチックな数々の場面とその迫力、そして闇の深さ。もしかしたら、この本の「重さ」は、ドレの描き出した「『神曲』の世界の重さ」とつながっているのではないか、そんな気さえしてきます。

ドレ画ダンテ「神曲」は、今年の11月の古書展に出品予定です。どうぞ、ご自身の目で、ドレの描いた「神曲」の世界の重さを確かめに、いえ、「体感」しにいらしてください。

(*1)神曲とは
ダンテが作中人物として、神寵によって地獄・煉獄・天国の来世の霊の3界を巡歴する幻想的な物語詩である。ダンテはそこで、来世での異常な世界のありさまと、そこで審判される古今の名士の姿をつぶさに描いている。(「世界名著大辞典」平凡社より)

(*2)木口木版とは
木口(木の横断面)を版面とする木版。おもにツゲの木を用い、ビュランで図柄の線を彫り、その他の部分は彫らずに残しておく。18世紀後半イギリスのトマス・ビューイックが改良し、繊細な表現が可能となって普及した。(「新潮 世界美術辞典」新潮社版より)

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