私が絵本を研究することになったきっかけは、本学がヨーロッパを中心とした絵本のコレクションを雄松堂から購入したことです。それ以来すっかりその魅力にとりつかれたようで、絵本との関わりは30年ほどになります。
ただし、絵本を専門としているのではなく、もともとは視覚表現全体が専門で、絵本に関しても“イメージとの関連”“言葉との関連”また、それらが“どう展開していったか”といったことを研究しています。
◆挿絵と印刷技術の関係
現在の印刷技術ですと、原画からフィルムを撮って3色分解して、印刷します。
そのままカラーで再現されるこの方法が一般的ですが、19-20世紀初頭の印刷技術は今日とは全く違い、原画が忠実に再現されるというものではありませんでした。印刷技術の特性そのものが、表現自体に直接結びついています。つまりこの時代の印刷された絵本というのは、違った意味での、興味深い点を持っているのです。
初期の挿絵の入った本、それは印刷技術の歴史にも重なっていくものであり、印刷技術の発展が表現を広げていったと言えます。また、どのように忠実に再現したいか・見せたいか、という欲求の歴史が表現の歴史に繋がっているのです。
まずは印刷の大きな流れをざっと見ていきます。
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木版(1476、イソップ童話)
初期の印刷物はほとんどがこのような木版で刷られていて、本に1枚(一部)入っている程度のものでした。
木版とは皆さんもご存じの通り、一枚の板を彫り込んでいって、残ったところにインクをのせて印刷する、という技術です。
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木版(1484、イソップ童話)
同じくイソップの木版ですが、先程と比べて若干複雑になっています。オーナメントがついたり、画面の構成も全体の関係の中で表現していこうとしています。
余談ですが、このようなオーナメントには建築との関係が見えてきます。ウォルタ・クレインはよく、書物を建築に例えて話をしていました。
当時の書物はトビラにだけ絵が入ってることが圧倒的に多いのですが、表紙を門とすると、見返しが前庭、トビラは扉、と例えることが出来ます。そしてページをめくれば、その建物の様々な部屋に到達する、ということです。
初期の扉絵は、建築の様式をそのまま引用したようなものが多く、このイソップの木版に描かれたオーナメントにもそれが見られます。
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銅版彫刻(1665、イソップ童話)
先程の木版に比べてディテールがはっきり出てきます。銅版を直接彫刻刀で彫っていくことで、かなり細かな線─まさに毛の1本1本まで刻むことが出来ます。そのため、これまでの木版のような荒く太い線ではなく、細く繊細な線を表現できるようになりました。ただし、とても大変な作業を要する技術ではあります。
この銅版彫刻はいわゆる凹版で、銅板を彫ったところにインクがたまって、それを紙に吸収する技術です。これに対して、先程の木版は凸版です。
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エッチング
防腐効果のある膜面が貼ってある銅版を針のようなもので削って銅を露出させます。そこに酸性の薬品をかけ、削った部分を腐食させてへこませる方法です。この方法で銅版彫刻より短時間で、比較的容易に、版をおこしていくことが可能になりました。
ただし、同じ凹版・銅版でありながら、線の固さ柔らかさ等、版の特性が変わってきます。
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ギュスターブ・ドレ/木口木版(赤ずきん)
先程の銅板とはまた違った印象の陰影が再現されています。
ヨーロッパでは、この木口木版という印刷技術の発明が、出版文化の発展と大きく関係しているのだと思います。
この木口木版というのは文字通り、板目ではなく、木口を使うのが大きな特徴です。
通常の木版というのが板目の平らな部分を彫り込んでいくのに対し、こちらは木の年輪部分=切り口の部分を使って彫刻をします。木口というのは繊維がたっているため、繊維のたってる部分と隙間の部分とでは堅さが全く違います。板目の表面にインキを付けてもほぼ均一にのりますが、木口の場合は何も彫らずにインキを載せても、最初から中間調で出てくるのです。それをうまく利用して、固い部分と柔らかい部分を彫ったり寄せたりしながら、彫り込んでいくというのが木口木版の技術です。また、木口なのであまり大きく使うことは出来ません。実際はある程度ブロックを組み合わせながら版を作る事になります。
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ギュスターブ・ドレ/木口木版(赤ずきん)
ドレは単色刷りの木口木版では名手と呼ばれ、光の表現で定評のあった作家の一人です。
今回は、対比がしやすいように誰でも知っているお話と言うことで、シンデレラと赤ずきんを中心に見ていこうと思っています。
こうしてみていただくとおわかりかと思いますが、かなり細かなディテールの再現がされています。
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トーマス・ビューイック/木口木版(1815、魚類の歴史)
木口木版は1790年頃、トーマス・ビューイックにより発明されました。
これは小さな本ですが、魚や植物を木口木版で刷っています。小さいながらも、ディテールの細かい再現を可能にしました。当時の植物誌や動物誌など「もの」の再現、いわゆる図鑑的なものの複製が、この技術によって可能になったのです。
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