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Net Pinus 67号

新・古書への扉

2007/03/30

新・古書への扉

新古書への扉-古書の愉しみは十人十色-
専門知識がないと・・・そんなイメージを古書に持っていませんか?
実は古書の愉しみ方は100人100通りなのです。もっと気楽に、自由に古書を眺めてみましょう!

文字を読んで先人の知識を探求するのはもちろんですが、本はそれだけではありません。精巧な皮装幀から職人のこだわりに感銘をうけたり、写本のタイポグラフィーに斬新さを発見したり、一枚の美しい挿絵をぼんやりとながめてみたり・・・。ちょっと手ののばしにくい古書の世界に通じる扉・・・どの扉から入っても結構です。是非一度、古書の奥深さを覗いてみませんか?

ポルタ「観相学」装丁
ポルタ「観相学」タイトル

First edition. 272 pp., (numerous errors in pagination). With engraved title-page (including a portrait of the author within an architectural border), engraved portrait of Cardinal Luigi d'Este, the dedicatee, two full-page engravings of a man and a woman (each repeated once), and 81 engravings by repetition of 27 copperplates. Some leaves lightly stained. Antique style niger.

ポルタ「観相学」ポルタ肖像
写真1
星占い、血液型性格判断、人相学、姓名判断、手相・・・etc
とかく人間は自分の「運命」や「性格」といったものに大きな感心を寄せる生き物です。
科学的には立証しえないものに一喜一憂してしまう人間の心理。それは人間の愚かなところでもあり、また可愛げのあるところとも言えるのでしょう。そして、そうした人間の姿は今も昔も変わることがありません。

今回ご紹介する本は、心身の特徴、容姿等からその人の性格、気質、霊魂等を判断する「観相学」について書かれたもので、今からざっと400年ほど前に出版されたものです。著者の名前はジャン・バティスタ・デッラ・ポルタ (Jean Battista Della Porta, ca.1535-1615)。ルネサンス後期に活躍したナポリ生まれの自然哲学者です。(写真1)

「ポルタは恵まれた環境の中で育ち、ナポリに『自然秘密学院』(1560年)を設立して、自然界の究明と、土木や農業栽培などの実践家としても活躍しました。その主著『自然魔術』は、全4巻を1558年(23歳のとき)に、89年には全20巻に増補して刊行しました。この間、彼は研究を目的に、カラブリア、シチリア、ロンバルディア、ヴェネツィア、フランス、スペインを旅して知見を広め、訪れた先々で職人や知識人を訪ね歩いては新知識を収集し、自然現象を論じた書物を買い込みました。」

(「ルネサンス」澤井繁男著 岩波ジュニア新書 2002年、p.77-78)

さて、ポルタ「観相学」と私の初対面は、働き始めて間もない頃のことでした。洋古書の並んでいる雰囲気は好きでしたが、実際に「洋古書の中身」がどうなっているのかを知らないまま、高価な本を手にするようになっていた時、目に飛び込んできた妙にリアルな「人間の顔」と、これまたどこか妙な「動物の顔」。(写真2)この手の図版に全く免疫のなかった者にとって、その第一印象はあまりに強烈で、深く脳裏に刻まれることとなったのです。(正直に言うと「なんじゃこりゃ!?」と思わず笑ってしまったのですが_。しかし、その銅版画のお陰で、言語の壁も時代の壁も乗り越えて、この本が何について書かれた本なのか一瞬でわかったのです。)

ポルタ肖像
ポルタ「観相学」動物と顔2
写真2(1)
写真2(2)

鮮烈な出会いから数年後、なんとこの本の日本語訳があることを知りました。澤井繁男訳 G・デッラ・ポルタ「自然魔術 人体篇」青土社、1996年。この日本語訳は1610年に出されたイタリア語版を訳したもので、抄訳となっています。具体的にどのようなことが書かれているのか下記に引用してみましょう。少々辛らつな表現も見られますので、ご覚悟の程を。

ポルタ「観相学」広い額
写真3
* 大きい額(p.90より)(写真3)
「大きい額の持ち主は意気地がなくて臆病者なのだが、この徴と気質がウシのそれだからである。大きい額はたいてい怠惰を顕わしている。(中略)ガレノスは『医術』の中に、気質は体質に従うものであり、己自身の反映であると記している。同じことをプリニウスはトローゴをからかいながらもトローゴの見解を借用しつつ述べている。ラーゼブもその著書の中で同様のことを書いている。アルベルトゥス・マグヌスも仲介者と呼ばれる哲学者(哲学者にして医者で、様々なテクストを仲介調停した)も同意見である。哲学者メレツィオは広くて大きい額の人は粗野で知性も鈍いとしている。それは自然の道理によれば、造化に従わない物質が多くあるからである。前頭部は粘液質であり、スピリトは虚弱である。役割を果たすことができない。それは濃縮度の薄い力は弱いものだからである。」


何を隠そう、私の額はかなり大きいのですが・・・。怠惰ですみません。

ポルタ「観相学」狭い額
写真4
* 狭い額 (p.92より)(写真4)
「小さな額の人間は、ブタの額のそれに似てきわめて愚かである。小さな額とは狭い額を意味していて、それはアリストテレスも「人相学」で述べているように、ブタの額が狭いのと同じである。ポレモンもアダマントスも私の見解を裏づけて次のように記している。狭い額は、無知さ加減を少なからず顕わしている。アルベルトゥス・マグヌスは小さくて狭い額は愚かで落ち着かなくて不誠実な人柄を顕わしてブタに似ていると述べている。」

大きな額の持ち主から言わせれば、狭い額は憧れの的なのに・・・。つまりこの本に寄れば、額は大きくても小さくても良くないのですね。

ポルタ「観相学」四角い額
写真5
* 四角い顔 (p.92より)(写真5)
「(略)_四角い顔とは中位の顔の大きさに均り合っていて、度量の広い人柄つまり獅子の額に類似している。アリストテレスも「人相学」で書いている。獅子の額の描写のところで、四角くて真中が凹状であると記している。(中略)アルベルトゥス・マグヌスは、頭と顔の大きさに見合う大きさの四角い額は、大いなる徳、知恵、度量を示していると書いている。プリニウスも述べているように、大ポンペイウスの額は立派で威厳があって形も素晴らしかった。」


それでは、大きくて四角い額はどうなるのでしょうか?

* 皺の寄った、真中に筋の入った額 (p.95-96より)(写真6)
「皺のある額は真中に筋が入っているが、短気な性格を顕わしているとラーゼブは述べている。雄牛の額にたとえられよう。雄牛は怒ると額の真中に皺を寄せ、目の方へと皺は流れていく。顔の表面に皺が顕われるのは他人に怒りを覚えているときで、人を威嚇する場合には皺は真中で弓形にたわむ。アルベルトゥスは、真中に締め付けられたように皺が集まる人は短気であると述べている。」


顔に皺がよっていれば「怒り中」なんてことは、くどくどと説明されなくてもわかるようなもの。

ポルタ「観相学」皺の寄った顔、すきっ歯
写真6
* すきっ歯 (p.108-110より)(写真6)
「歯から容易に寿命の長短を判断することができる。歯の根源は脳にあるからである。アリストテレスは『問題集』の中で、歯から寿命を予測することが可能であり、すきっ歯の人物は長生きしないとしている。歯は頭の骨の硬さの徴であり、すきっ歯の人の頭蓋は脆弱なのである。呼吸がしづらく腐りやすい。本質的に湿なのである。動きもなく発散もないものはみな簡単にくさる。(中略)プリニウスはアリストテレスを引用して、すきっ歯は短命の徴だと述べている。ラーゼブは歯がまばらで弱くて小さいときには身体は脆弱だとしている。」

「すきっ歯」と言ってすぐ連想したのが「タモリさん」。でも、タモリさんは毎日お昼の生放送にでているくらいだからとても健康体のはずだし、いつも笑ってばかりだから絶対に長生きすると思うのです。

・・・というように、決してこの本の内容を悪く言うつもりはないのですが、今風に言うと「つっこみ」を入れたくなるような箇所がところどころ見受けられます。ポルタの著作が例外なのではなく、当時の識者たちが真剣に取り組んでいた学問の中には、現代の私たちからみると、かなりのギャップを感じるものがあることは確かです。しかし、当時の学問には、その根元に「人間」という生き物を知るため、地球や世界を解くためという原則があり、「知りたい」という欲求に真摯に取り組んできた先達たちの創ってきた道が、今に繋がっているのです。そして、どんなに科学技術が発達しても、人間は「人間について考える」ということから逃れ得ることはないのだろうということに思い至った時、改めてポルタ「観相学」と向き合ってみると、時代のギャップよりも、「人間である」ということから逃げようとせず立ち向かった一人の人間(ポルタ)の姿を思い描くことができるのです。

ポルタ「観相学」挿絵1

ポルタ「観相学」挿絵3

ポルタ「観相学」挿絵2

ポルタ「観相学」挿絵4
67号 2007/03/30
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