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Net Pinus 69号

新・古書への扉

2007/10/12

新・古書への扉

新古書への扉-古書の愉しみは十人十色-
専門知識がないと・・・そんなイメージを古書に持っていませんか?
実は古書の愉しみ方は100人100通りなのです。もっと気楽に、自由に古書を眺めてみましょう!

文字を読んで先人の知識を探求するのはもちろんですが、本はそれだけではありません。精巧な皮装幀から職人のこだわりに感銘をうけたり、写本のタイポグラフィーに斬新さを発見したり、一枚の美しい挿絵をぼんやりとながめてみたり・・・。ちょっと手ののばしにくい古書の世界に通じる扉・・・どの扉から入っても結構です。是非一度、古書の奥深さを覗いてみませんか?

職業百科事典
ポルタ「観相学」タイトル
¥52,000
8vo. Second edition. xii, 388 pp., frontis. and vignette, 18 engraved plates by John Miller, numerous illustrations in the texts throughout. Following plates are inserted in wrong pages: Plates supposed to be inserted in 102 is in 103, 283 is in 285, 378 is in 380 pp. Contemporary green cloth, spine richly decorated with gilt, spine and covers soiled, frontis. and title page heavily stained, others lightly stained throughout, loosed. A small sticker on front end paper.

写真1 看板屋
写真1 看板屋
 今回ご紹介しますのは、19世紀の様々な職業を紹介する本で、高校などで使うテキストとして出版されたものです。グラスゴーで1837年に出版されています。時代としては、1760年代にイギリスから始まった産業革命がヨーロッパ各国に広まり始めた頃になります。衣、食、住、旅、芸術の5つの分野に分けた144の職業について書かれているのですが、今から170年前の学生たちには、いったい職業・仕事についてのどのような情報が提供されていたのでしょうか。

 口絵に描かれているのは「看板屋」です。(写真1)パソコンなどなかった当時の看板屋には、職人であるだけでなく、ある意味ではアーティストとしての要素も求められていました。本文によりますと、タバコ屋の店主はドアには黒人の絵を描くことを依頼するでしょうし(当時、タバコは主に黒人によって栽培されるものでした)、お茶は中国からやってくるものが多かったのでお茶の販売店は中国人を看板に描くよう依頼することが多かったということです。

写真2 リープ作り
写真2 リープ作り
 「ロープ作り」の絵もなかなか興味を惹かれます。(写真2)ロープは様々な用途に使われていましたが、とりわけ船のマストや帆を支える索具として、なくてはならないものでした。当時はまだ、ロープ作りの全工程をこなしてくれるような機械はなかったので、最初の段階は絵の中で行われているような手作業から始まりました。左に座っている女性が選り分けた麻を、紡ぎ手がエプロンの中に入れて、糸の最初の部分を車輪にかけます。紡ぎ手は地面に糸が落ちないよう、木製のピンに糸をかけながら後ろに下がり、同時にもう一人が車輪を回します。そうすると、糸がより合わさっていきます。しかし、この作業でできるロープは、ごく最初の段階のもので、この後いくつもの工程を経て、実際に使用できるロープが完成したようです。

写真3 道路作り
写真3 道路作り
 道路をつくる現場も描かれています。(写真3)右端の男性がハンマーで石を砕いています。左端の男性が適当な場所に置いていった敷石を、真ん中の男性が重たい木づちで均していきます。現代では道路工事の現場で様々な機械を目にしますが、この絵を見る限り、根本的な作業は昔と変わりがないようです。

さて、144もの職業が掲載されていますので、それを一点一点細かく見ていくわけにはいきません。ここでちょっと端折らせていただいて、図版をズラッと眺めてみましょう。 

「農夫」(写真4)、「石切り場」(写真5)、「水運び」(写真6)、「ガラス職人」(写真7)、「樽作り職人」(写真8)、「画家」(写真9)、「彫刻家」(写真10)

写真4 農夫
写真4 農夫
写真5 石切り場
写真5 石切り場
写真6 水運び
写真6 水運び
写真7 ガラス職人
写真7 ガラス職人
写真8 樽作り職人
写真8 樽作り職人
写真9 画家
写真9 画家
写真10 彫刻家
写真10 彫刻家


 おっと、飛ばしすぎてはいけません。「製紙業者」「活字鋳造業者」「印刷業者」「製本業者」、そして我らが「本屋」についての項目もあります。人が働いている場面の挿絵はありませんが、様々な活字の種類(写真11)、活字ケース(写真12)、印刷機(写真13)の絵が入っています。この項目を読んでいけば、当時の印刷出版界のおおまかな仕組みがわかります。

写真11 様々な活字の種類
写真11 様々な活字の種類
写真12 活字ケース
写真12 活字ケース
写真13 印刷機
写真13 印刷機

 例えば「本屋」については、以下のようなことが書かれています。当時の本屋には大きく分けて「卸商」と「小売業者」の二種類ありました。前者は一般的に「出版社」を意味しており、印刷業、製紙業、製本業を兼ねていました。出版社のトップの人間は、本を生み出すのに関わるあらゆる商人たちを雇っている立場であり、自らがその技術を駆使していたのではありませんが、何が大衆うけするテーマであるのか、そのテーマについて書く著者は誰がいいのか等を判断しなければならず、それがうまくいくかどうかは一種の賭け事のような面もあったとのことです。どうやら、現代の出版社と近い姿だったようですね。

写真14 ビラ貼り
写真14 ビラ貼り
 当時の一般的な本の宣伝には、新聞やカタログでの宣伝の他に、家々の壁にビラを貼る方法がありました。そうなると、そこにはまた新たな職業が登場します。というわけで、最後に紹介されているのは「ビラ貼り」(写真14)です。おや、この人物が貼っているビラの中には、抜け目なく本「Book of Trades」の宣伝も入っていますね

 さて、この本は全般的に、おそらく今でも変わらないであろうと思われる道徳的観念に基づいてまとめられているような気がします。「裏社会」ではなく「表社会」で生きていくよう、「まっとうな」人生を歩むよう・・・。しかし、この本に取り上げられていない、あるいは取り上げるべきではないと判断された職業は存在したでしょうし、そういう意味ではこの時代も今も、何ら変わることがないとさえ思えてきます。本書は、結論の中に1830年のイギリスの男性(20才以上)の職種別の人口統計が記載されており、今となっては一種の「産業史」として読むこともできます。しかし、この当時の学生たちの反応はどうだったのでしょか?もしかしたら、今の学生たちの中にもいるような、ちょっと斜に構えた学生もいたのではないでしょうか?そう思うと、この本を使って授業を進めていく先生たちの、ちょっと困った表情が浮かんでくるようです。

69号 2007/10/12
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