西欧の活版印刷技術がはじめて日本イエズス会の宣教師らによって印刷機とともに、わが九州の地にもたらされたのは、天正18(1590)年のことであった。そして、その翌年には早速、島原半島の南端・加津佐のコレジオにおいて洋装仕立てのローマ字本『SANCTOS NO GOSAGVEO NO VCHI NVQIGAQI (サントスの御作業の内抜書)』が刊行され、また和装仕立ての国字
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雄松堂出版刊
復刻版『キリシタン版精選』
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大字本『どちりいな・きりしたん』も印刷された。このあと、引き続いて天草や長崎などで布教用の教義書や語学書・文学書などが次々と印行された。
これら九州の各地で印行された出版物は<キリシタン版>と呼ばれており、現存が確認できるのは30数種におよぶ。それらはいずれも新渡の西洋式印刷機により、鋳鉛活字と油性インクを使用して印刷されたものであった。
わが国でこの<キリシタン版>を最も数多く所蔵するのは天理大学付属天理図書館であるが、同館ではそれらの館蔵本を中心に現存する<キリシタン版>について、主に富永牧太館長がローマ字活字本、新井トシ司書研究員が国字活字本を担当されて、それぞれ詳細な版本学的調査を実施され、その成果を館報『ビブリア』誌上に次々と発表された。
また昭和48年にはそれらを集大成した入念な編集になる『きりしたん版の研究』が上梓されたが、それと平行して、館蔵の<キリシタン版>を研究用に提供するため天理大学出版部から原寸大の複製本が公刊されている。
ところで、この天理図書館複製本に続いて、昨年6月、上智大学の企画に基づき三種の<キリシタン版>が
『キリシタン版精選』として原寸複製されて、雄松堂出版(株)より発刊され研究者の注目を集めている。
それは
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『MANVALE AD SACRAMENTA ECCLESIAE MINISTRANDA(サカラメンタ提要)』(上智大学キリシタン文庫蔵) |
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『SANCTOS NO GOSAGVEONO VCHI NVQIGAQI(サントスの御作業の内抜書)』イタリア・ベネチア マルチャーナ国立図書館蔵) |
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『GVIA DO PECADOR(ぎや・ど・ぺかどる)』上巻(天理図書館複製本の再刊)、下巻(イエズス会日本管区蔵 上智大学キリシタン文庫本) |
の三本で、このうち『ぎや・ど・ぺかどる』は1599(慶長4)年に長崎で刊行されたイエズス会版の平かな交り国字小字本である。
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(図1)
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その下巻にあたる今回はじめて影印紹介された上智大学キリシタン文庫本
(図1)については尾原悟氏による本文校訂、翻字、解題があり、
(注1)また高祖敏明氏は『キリシタン版精選 ぎや・ど・ぺかどる解説(付「字集」)』において「該書はローマのヴィットリオ・エマヌエール通りに面するイエズス会の教会に隣接した修道院(第二次大戦までイエズス会本部のあった所)の図書室にあったローマ学院の蔵書中から発見されたのであるが、それはかつて日本で印刷された出版物であるため日本で大切に所蔵されるのがふさわしいとのローマ管区長の意向から、それを10年前の1997年6月にイエズス会日本管区へ譲渡されることになり、上智大学キリシタン文庫にその管理を委託されたものである」と述べられている。
この『ぎや・ど・ぺかどる』は、これまでヴァティカン図書館と大英図書館(1葉欠)の2館に完本(上下2巻)の所蔵が知られていたが、このように下巻本が上智大学キリシタン文庫の有に帰したことで天理図書館所蔵の上巻本と合わせて、出版地である日本にも上・下巻の揃い本が誕生したことになり、これは洵によろこばしい事柄と言えるであろう。この新出の下巻本についてはオリジナルの印刷面が鮮明であり、精度の高いデジタル技術を駆使して複製がなされたと聞く。
ところで、この『ぎや・ど・ぺかどる』は訳文が頗る秀麗でキリシタン文学中の白眉と称されており、また活字組版の版式上でもっともすぐれた技法による国字小字本としてよく知られている。
加津佐版や天草版など初期の国字大字本では、本文が書写本のような連綿様ではなく主として単字に分断した一字形の活字を使用し、長短まちまちの古拙な印字面を呈するのが特徴であるが、それに対して1598(慶長3)年から長崎で印刷された後期の新鋳活字による国字小字本においては、字形のととのった二字・三字の連鋳活字が多用され、使用活字の組版上における大きな変化が認められるようになる。
かつて筆者はこうした国字小字本に頻出する連鋳活字(metal logotaypes)に少なからぬ興味をもち、天理図書館複製本(近畿大学中央図書館所蔵)の『ぎや・ど・ぺかどる』(上巻)や1600(慶長5)年刊の後藤登明版『おらしょの翻訳』の二字連鋳活字について、昭和53年ごろ、その印出字調査を行ったことを思い出す。その『ぎや・ど・ぺかどる』に関しては上巻の後半部分と下巻とが調査未了となっていて気にかかっていたが、先ごろ上智大学キリシタン文庫本の複製本を入手したのを機に、その所持本で下巻の全丁調査をこの7月末から進めている。このほどその作業がひとまず完了したので下巻の印出字について調査の結果をとりまとめ、とりあえずここにその概要を報告することにした次第である。
〈キリシタン版〉の国字小字本については、今から50年前に新井氏がもっとも詳しく活字の印字調査をなされているのであるが、同氏の調査によると国字小字本の本文に使用されている連鋳活字は二字活字が294種、三字活字は20種と報告されている。(注2)しかしながら残念にもそれら活字の印字様については具体例を掲出されておらず、また『ぎや・ど・ぺかどる』での使用活字の字種(字母)数も明示されていないが、筆者のこれまでの調査では、二字連鋳活字は〈上巻〉の第50丁まででその字母数は221種(注3)をかぞえ、また〈下巻〉においては220種(注4)がみい出された。
これをつきあわせて整理すると、〈下巻〉本には出現しない〈上巻〉本の29種を加算して、この『ぎや・ど・ぺかどる』には少なくとも249種の字母数がこれまでに確認できたことになる。調査未了となっている〈上巻〉本後半部については第51丁からの調査を、現在、松田博氏(京都大学人文科学研究所図書室)と小堀幸さん(元神戸女子大学図書館、近畿大学通信教育部非常勤講師)が進めておられ、見通しとしては、字母数はこれよりももう少し増加するものと予測される。
天理図書館編『天理図書館蔵きりしたん版集成 解説』(昭和51年刊)の『ぎや・ど・ぺかどる』の書誌説明によるとその匡郭は[四周単辺、縦22.7糎、横15.5糎、毎半葉17行]となっている。本文活字について原寸複製本(上巻)の印字面からその寸法を割り出すと活字幅は約8粍で、各行間に1粍ほどのごく薄い込め物のインテルが挿入されているのではないかと考えられるが、あるいはインテルを使用せずに約9粍幅の活字をベタ組みしているのかも知れない。縦寸法については、〈上巻〉に出現する二字連鋳活字221字種の印字長を計測すると、字母種により8粍〜18粍と一定しておらず長短さまざまな活字駒であることが知られるが[表1]、これこそが国字本〈きりしたん版〉活字の大きな特徴であると言えよう。
[表1]『ぎや・ど・ぺかどる』(上巻)の活字(221字種)縦寸法(第50丁までの調査データ)