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雄松堂Net Pinus 69>キリスト教伝来に秘められたもう一つの歴史−活版印刷ことはじめ

Net Pinus 69号
2007/10/12
活版印刷ことはじめ
近畿大学日本文化研究所 研究員 森上 修

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西欧の活版印刷技術がはじめて日本イエズス会の宣教師らによって印刷機とともに、わが九州の地にもたらされたのは、天正18(1590)年のことであった。そして、その翌年には早速、島原半島の南端・加津佐のコレジオにおいて洋装仕立てのローマ字本『SANCTOS NO GOSAGVEO NO VCHI NVQIGAQI (サントスの御作業の内抜書)』が刊行され、また和装仕立ての国字
復刻版『キリシタン版精選』

雄松堂出版刊
復刻版『キリシタン版精選』

大字本『どちりいな・きりしたん』も印刷された。このあと、引き続いて天草や長崎などで布教用の教義書や語学書・文学書などが次々と印行された。
これら九州の各地で印行された出版物は<キリシタン版>と呼ばれており、現存が確認できるのは30数種におよぶ。それらはいずれも新渡の西洋式印刷機により、鋳鉛活字と油性インクを使用して印刷されたものであった。

わが国でこの<キリシタン版>を最も数多く所蔵するのは天理大学付属天理図書館であるが、同館ではそれらの館蔵本を中心に現存する<キリシタン版>について、主に富永牧太館長がローマ字活字本、新井トシ司書研究員が国字活字本を担当されて、それぞれ詳細な版本学的調査を実施され、その成果を館報『ビブリア』誌上に次々と発表された。
また昭和48年にはそれらを集大成した入念な編集になる『きりしたん版の研究』が上梓されたが、それと平行して、館蔵の<キリシタン版>を研究用に提供するため天理大学出版部から原寸大の複製本が公刊されている。
ところで、この天理図書館複製本に続いて、昨年6月、上智大学の企画に基づき三種の<キリシタン版>が『キリシタン版精選』として原寸複製されて、雄松堂出版(株)より発刊され研究者の注目を集めている。
それは

『MANVALE AD SACRAMENTA ECCLESIAE MINISTRANDA(サカラメンタ提要)』(上智大学キリシタン文庫蔵)

『SANCTOS NO GOSAGVEONO VCHI NVQIGAQI(サントスの御作業の内抜書)』イタリア・ベネチア マルチャーナ国立図書館蔵)

『GVIA DO PECADOR(ぎや・ど・ぺかどる)』上巻(天理図書館複製本の再刊)、下巻(イエズス会日本管区蔵 上智大学キリシタン文庫本)

の三本で、このうち『ぎや・ど・ぺかどる』は1599(慶長4)年に長崎で刊行されたイエズス会版の平かな交り国字小字本である。
(図1)

(図1)

その下巻にあたる今回はじめて影印紹介された上智大学キリシタン文庫本(図1)については尾原悟氏による本文校訂、翻字、解題があり、(注1)また高祖敏明氏は『キリシタン版精選 ぎや・ど・ぺかどる解説(付「字集」)』において「該書はローマのヴィットリオ・エマヌエール通りに面するイエズス会の教会に隣接した修道院(第二次大戦までイエズス会本部のあった所)の図書室にあったローマ学院の蔵書中から発見されたのであるが、それはかつて日本で印刷された出版物であるため日本で大切に所蔵されるのがふさわしいとのローマ管区長の意向から、それを10年前の1997年6月にイエズス会日本管区へ譲渡されることになり、上智大学キリシタン文庫にその管理を委託されたものである」と述べられている。
この『ぎや・ど・ぺかどる』は、これまでヴァティカン図書館と大英図書館(1葉欠)の2館に完本(上下2巻)の所蔵が知られていたが、このように下巻本が上智大学キリシタン文庫の有に帰したことで天理図書館所蔵の上巻本と合わせて、出版地である日本にも上・下巻の揃い本が誕生したことになり、これは洵によろこばしい事柄と言えるであろう。この新出の下巻本についてはオリジナルの印刷面が鮮明であり、精度の高いデジタル技術を駆使して複製がなされたと聞く。
ところで、この『ぎや・ど・ぺかどる』は訳文が頗る秀麗でキリシタン文学中の白眉と称されており、また活字組版の版式上でもっともすぐれた技法による国字小字本としてよく知られている。
加津佐版や天草版など初期の国字大字本では、本文が書写本のような連綿様ではなく主として単字に分断した一字形の活字を使用し、長短まちまちの古拙な印字面を呈するのが特徴であるが、それに対して1598(慶長3)年から長崎で印刷された後期の新鋳活字による国字小字本においては、字形のととのった二字・三字の連鋳活字が多用され、使用活字の組版上における大きな変化が認められるようになる。

上巻扉(和文)
上巻扉(欧文)
下巻扉

『ぎや・ど・ぺかどる』
上巻扉(和文)

『ぎや・ど・ぺかどる』
上巻扉(欧文)

『ぎや・ど・ぺかどる』
下巻扉

かつて筆者はこうした国字小字本に頻出する連鋳活字(metal logotaypes)に少なからぬ興味をもち、天理図書館複製本(近畿大学中央図書館所蔵)の『ぎや・ど・ぺかどる』(上巻)や1600(慶長5)年刊の後藤登明版『おらしょの翻訳』の二字連鋳活字について、昭和53年ごろ、その印出字調査を行ったことを思い出す。その『ぎや・ど・ぺかどる』に関しては上巻の後半部分と下巻とが調査未了となっていて気にかかっていたが、先ごろ上智大学キリシタン文庫本の複製本を入手したのを機に、その所持本で下巻の全丁調査をこの7月末から進めている。このほどその作業がひとまず完了したので下巻の印出字について調査の結果をとりまとめ、とりあえずここにその概要を報告することにした次第である。
〈キリシタン版〉の国字小字本については、今から50年前に新井氏がもっとも詳しく活字の印字調査をなされているのであるが、同氏の調査によると国字小字本の本文に使用されている連鋳活字は二字活字が294種、三字活字は20種と報告されている。(注2)しかしながら残念にもそれら活字の印字様については具体例を掲出されておらず、また『ぎや・ど・ぺかどる』での使用活字の字種(字母)数も明示されていないが、筆者のこれまでの調査では、二字連鋳活字は〈上巻〉の第50丁まででその字母数は221種(注3)をかぞえ、また〈下巻〉においては220種(注4)がみい出された。
これをつきあわせて整理すると、〈下巻〉本には出現しない〈上巻〉本の29種を加算して、この『ぎや・ど・ぺかどる』には少なくとも249種の字母数がこれまでに確認できたことになる。調査未了となっている〈上巻〉本後半部については第51丁からの調査を、現在、松田博氏(京都大学人文科学研究所図書室)と小堀幸さん(元神戸女子大学図書館、近畿大学通信教育部非常勤講師)が進めておられ、見通しとしては、字母数はこれよりももう少し増加するものと予測される。
天理図書館編『天理図書館蔵きりしたん版集成 解説』(昭和51年刊)の『ぎや・ど・ぺかどる』の書誌説明によるとその匡郭は[四周単辺、縦22.7糎、横15.5糎、毎半葉17行]となっている。本文活字について原寸複製本(上巻)の印字面からその寸法を割り出すと活字幅は約8粍で、各行間に1粍ほどのごく薄い込め物のインテルが挿入されているのではないかと考えられるが、あるいはインテルを使用せずに約9粍幅の活字をベタ組みしているのかも知れない。縦寸法については、〈上巻〉に出現する二字連鋳活字221字種の印字長を計測すると、字母種により8粍〜18粍と一定しておらず長短さまざまな活字駒であることが知られるが[表1]、これこそが国字本〈きりしたん版〉活字の大きな特徴であると言えよう。

[表1]『ぎや・ど・ぺかどる』(上巻)の活字(221字種)縦寸法(第50丁までの調査データ)『ぎや・ど・ぺかどる』(上巻)

なお、該書の上・下巻本文を通検すると次の転倒誤植がみられる。
[望](上巻第90丁裏10行下)
[也](下巻第62丁裏1行上)
そして〈下巻〉にあっては、第50丁裏11行上に[…国家をも…]とある[を]と[も]の字間に込め物の痕跡がはっきりと看取される。また同じく〈下巻〉では第27丁だけが、版心部を挟んで表(右)が16行組み、裏(左)が18行組みとなっており、他丁と異なる行組がなされているのが注目される。(図2)

(図2)

(図2)

さて、次に二字連鋳活字の印字例についてであるが、複製上巻本の本文第50丁までの調査では、漢字活字としては

[如何][如此][条々][者也]

があり、漢字・平仮名活字では

[与へ][思ひ][思ふ][茲に][然る][奉ら][奉り][奉る][給ひ][給ふ][給へ][宣ふ][人に][拾ひ][右に][故に]

(図3)

が見受けられ(図3)、そして平仮名活字においては、字体が同一の濁音付き活字と清音活字とが次のようにセットで存在するものが少なくない。例えば、

[かが・かか][かず・かす][がた・かた][がり・かり][がん・かん][ぐん・くん][げれ・けれ][さず・さす][ざる・さる][ざれ・され][じき・しき][じて・して][じめ・しめ][じよ・しよ][ぜん・せん][だん・たん][づけ・つけ][ども・とも][ばず・はず・はす][ばぬ・はぬ][ぶる・ふる][べん・へん][ぼし・ほし][まじ・まし][まず・ます][めず・めす][れず・れす]

(図4)

(図4)

などがそれである。(図4)また、今回のキリシタン文庫蔵下巻本においては上例のほかに

[あげ・あけ][がて・かて][がら・から][ぜる・せる][だす・たず・たす][でれ・てれ][でん・てん][べき・へき][まだ・また][らず・らす]

(図5)

(図5)

の事例がみられる。(図5)これまで、こうした活字駒の父型と字母型の関係については言及されることがなかったようにおもわれるので、その点をここに指摘しておきたい。
これらの印字例を通検して判断すると、濁音付き活字と清音活字はともに同一の父型に基づく異母型によっているように考えられる。つまり、まず濁点付きの父型から仮母型を作製したのち不要な濁点個所を除去するなどの細工を施し、その補修母型を使用して各種の活字が鋳造されていたのではなかろうか。これは今後の課題であろう。なお、この『ぎや・ど・ぺかどる』に出現する連鋳活字の印字実態については近く上・下巻にわたる全丁調査の結果をまとめて専門誌に公表するつもりである。

『ぎや・ど・ぺかどる』が刊行された慶長4年、この同じ年、京洛の地では医師の曲直瀬元朔が二字連彫活字を多用する木活字版『延寿撮要』を開版しているのであるが、長崎の後期〈キリシタン版〉では如何なる理由によりこの時期に至って活版印刷技法の基本である初期国字本の一字活字使用方式を突然に中止して、きわめて日本的とも言える連字活字多用方式を採用したのか、このことははなはだ興味深い点である。
なお、この『ぎや・ど・ぺかどる』の版面に類似する木活字版で、京都の〈キリシタン版〉と呼ばれている慶長15年、原田アントニオ刊の『こんてむつす・むんぢ』(天理図書館蔵 重要文化財)がある。ところで、その『こんてむつす・むんぢ』は純然たる木活字版であって、しかも、キリシタン版の字母型とは字体の組み合わせが異なる別種新字形の連用活字が混植されており、版式上、長崎版と同じ〈キリシタン版〉と言えるのであろうか、疑問である。該書の印刷は九州の〈キリシタン版〉方式ではなく、明らかに京都の古活字版方式に属するものなのである。この『こんてむつす・むんぢ』は技法的に木活字の彫造法をはじめ組版の処理具合などから、そこには木活字印刷工房で長年の経験を積んだ職人衆の卓越した熟練の技が結集しているように看取されるのである。これはやはり京都において約20年にわたり蓄積された木活字版印刷の高度な諸技法をフルに活用して格別に製作された〈キリシタン版〉様式の特異な古活字版と解されるのであるが、この点については改めてまた別の機会にとりあげて考えてみることにしたいとおもう。

(注1)

尾原悟編『ぎやどぺかどる』(〈キリシタン文学双書〉キリシタン研究第38輯)教文館 2001年刊

(注2)

新井トシ「きりしたん版国字本の印行について(三)平仮名小字本について(『ビブリアNo. 11』昭和33年刊)

(注3)

森上修「きりしたん版『ぎや・ど・ぺかどる』慶長四年イエズス会刊(天理図書館蔵 上巻)影印本の二字連鋳活字印出字調査メモ(未完、本文第五〇丁まで)」(昭和53年8月編、同61年1月再輯 私家版)

(注4)

森上修「キリシタン版『ぎや・ど・ぺかどる』(慶長四年イエズス会刊)イエズス会日本管区蔵本(下巻)連鋳活字印出字調査(平成19年8月輯 私家版)

掲載しました画像は全て復刻版を転載したものです。

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復刻版 キリシタン版精選
69号 2007/10/12
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