![]() |
![]() |
![]() |
|
雄松堂>Net Pinus 69>続編が変える「夫婦善哉」像
|
夫婦善哉直筆原稿 日高昭二氏 主な著書 DVD版ディスク1枚
Net Pinus 69号

「続夫婦善哉」の原稿が、鹿児島県・薩摩川内市内の改造社創業者・山本実彦家から発見された。200字詰原稿用紙99枚の完成原稿で現在、「川内まごころ文学館」に所蔵されている。

[拡大]
「夫婦善哉」の原稿類については、5種類の原稿用紙132枚に記した草稿(大阪府立中之島図書館織田文庫所蔵)が残されている。また、「続夫婦善哉」と題名が付けられ、「八日の宵宮雨が降り、九日の本祭におし」とだけ記された草稿一枚も存在する。それによって、織田作之助に続編を書く意志があったことがつとに知られていた。
「夫婦善哉」は、同人雑誌「海風」(昭和15年4月)に掲載の後、改造社の第1回「文芸推薦」受賞作品として、昭和15年7月号の「文芸」に再掲された。この経緯からすれば、続編も同誌に掲載されるのが自然であるが、その形跡はない。つづいて作之助は同誌9月号に短編「六白金星」を送るが、検閲にかかって削除となり、そのため頁が「129頁から162頁へ飛んで」(「編集後記」)しまうという結果になる。さらに、単行本『夫婦善哉』(昭和15年8月創元社)も、風俗紊乱を理由に編集者が警告を受けている。これらをあわせてみると、続編の掲載はむずかしかったであろう。
「夫婦善哉」といえば、匂い立つような食べ物の記述といい黒門市場・先日前の雑踏のざわめきといい、大阪の風俗や地誌を抜きにしては語れない。ところが「続夫婦善哉」の舞台は、驚くことに大分県の別府になっている。帝塚山学院大名誉教授の大谷晃一氏の調査によれば、柳吉と蝶子のモデルは、作之助の次姉千代夫妻で、下寺町に開いたカフェ「サロン千代」が道路
拡張で立ち退きとなり、別府で小料理屋をしていたという。作之助は、一度そこを訪れており、物語がいずれ別府にまで及ぶことは、当初から構想にあったのかもしれない。その別府で、柳吉と蝶子は、理髪店向けに化粧品や刃物を扱う店を開く。柳吉の放蕩や競馬通いも収まり、蝶子も行商などして支えるが、町には出征兵士を見送る光景がみられ、「いつか事変が」始まっていた。蝶子は国防婦人会の支部幹事を務めたりするうち、弟の信一も応召となり、千人針を届けるが、肋膜の病で帰郷を命じられる。折から金属類の使用制限や禁止という物資の統制があって、たちまち店は立ちゆかなくなる。正編を彩っていた、勘当された駄目男と芸者あがりの女による痴話喧嘩は、さすがに影をひそめている。新聞・雑誌が声高に叫ぶ「国民」の「覚悟」という言葉の前では、そうならざるをえないともいえる。いずれにしろ、これで執筆が「事変」以後であることがわかるが、戦後の書簡には「続夫婦善哉」を書く旨の文句もあり、これも気になるところだ。

法善寺横町の「正弁丹吾亭」の前に、行きくれてここが思案の善哉かな」と記した作之助の句碑が立っている。「続夫婦善哉」の出現で「行き暮れて・・・」の意味がにわかに表情をかえるようだ。映画や舞台も含めて、人々の記憶に生きている「夫婦善哉」のイメージは、この原稿によって、間違いなく変わるだろう。
『文学テクストの領分―都市・資本・映像』白地社、1995年
『Japanese Fiction Writers.1868-1945』(共著)A Bruccoli Clark Layman Book,1997年
『近代つくりかえ忠臣蔵』(編著)岩波書店、2002年
『菊池寛を読む』岩波書店、2003年
『海外新興芸術論叢書』(監修)ゆまに書房、2005年
![]()

ISBN: 978-4-8419-0467-3
定価1,890円(本体1,800円+税)

ISBN 978-4-8419-0460-4
定価315,000円(本体300,000円+税5%)
69号 2007/10/12