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雄松堂Net Pinus 72>アメリカ文学ライブラリーロバート・L・ゲイル『ハーマン・メルヴィル事典』の余白に」
Net Pinus 72号

「アメリカ文学ライブラリー」リレーエッセイ

2008/07/15
アメリカ文学ライブラリー エッセイ特別編

巽孝之略歴:
1955年東京生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。コーネル大学大学院修了(Ph.D.,1987)。 慶應義塾大学文学部教授。アメリカ文学専攻
主な著訳書:
『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房, 1988年)
『ニュー・アメリカニズム――米文学思想史の物語学』(青土社、1995年;増補新版、2005年
Full Metal Apache (Duke UP, 2006)、
編著に『反知性の帝国』(南雲堂、2008年)ほか。
ハーマン・メルヴィル

今回は特別編として利用者の立場から、アメリカ文学ライブラリーに関するエッセイをいただきました。メルヴィル研究家としてご高名な巽先生に『ハーマン・メルヴィル事典』の出版に際して専門家の視点からアメリカ・ロマン主義文学の代表格を語っていただきました。

 『白鯨』(1851年)出版150周年を記念する2001年以降、アメリカ・ロマン派を代表するハーマン・メルヴィルの再評価が再燃している。2001年9月11日にニューヨークとワシントンDCを襲った同時多発テロはそのきっかけのひとつであったろう。ちょうどその直後の10月に日本アメリカ文学会全国大会で『白鯨』をめぐるシンポジウムに出席予定で、前年より他のパネリストたちとの準備に余念がなかったわたしは、同書第一章の終わりに、語り手イシュメールが自身の捕鯨の旅(Whaling Voyage by one Ishmael)を神の壮大な演しもの「激越をきわめる合衆国大統領選」(Grand Contested Election for the Presidency of the United States)と「アフガニスタンにて血みどろの死闘」(Bloody Battle in Afghanistan) のはざまに来る幕間劇にたとえているのに気づき、改めてメルヴィルの透徹した洞察力に舌を巻いたものだった。とくに後者の「見出し」については、150年前のテクストがまさに21世紀現在のテクストでもあることを、これほど実感したことはない(詳細は拙著『白鯨アメリカン・スタディーズ』[みすず書房、2005年]参照)。

 だがイラク戦争に加担し続けたアメリカも疲労困憊をきわめ2000年代も暮れようとしている今日なら、読者はむしろ「激越をきわめる合衆国大統領選」なる見出しに惹かれるだろう。しかし、そのとき再読すべきなのは『白鯨』よりも傑作中篇「ベニト・セレノ」(1855年)のほうだ。『白鯨』が自身の片脚を食いちぎった白子のマッコウクジラ「モビイ・ディック」に復讐を誓い、資本主義の原理に逆らっても捕鯨船ピークォド号の乗組員全員を巻き込んでいく精力絶倫エイハブ船長の物語ならば、いっぽう「ベニト・セレノ」は乗船していた黒人奴隷たちの反乱と陰謀によりすっかり精気を殺がれ、救出されたあとですら絶望の淵にたたずむスペイン人船長ドン・ベニトの物語である。アメリカ合衆国の多数派であり続けた白人中心の視点からすれば、支配民族としての矜持を根こそぎにしてしまう点でこれほどに不快な作品はないかもしれないが、しかしもともと異なる半球から連行され人間とすら認められていない黒人奴隷たちにとってみれば、この反乱は自由を求める正当的な闘争の帰結にほかならない。かくも正反対の解釈を許すところが本作品の抱く「曖昧性」の基盤であり、それはロバート・ゲイルの『ハーマン・メルヴィル事典』の項目でも踏襲されるとおりだ。「この短篇小説においてメルヴィルは、外見の曖昧性、悪との接触に対する人それぞれの反応、また暗黒の測りがたい力について彼の典型的な見地のひとつを提示している」(47頁)。

 現代的な視点から読みなおせば、復讐鬼エイハブ船長にせよ鬱病患者ベニト・セレノ船長にせよ、異種族の当然の主張を顧みぬまま白人側が勝手に逆ギレしていくさまを描く点では、共通するところが少なくないのがわかるだろう。ここでわたしは「ベニト・セレノ」を例に、今年2008年、アメリカ合衆国史上初の黒人系大統領が誕生するかもしれない可能性に対して、それを必ずしも奴隷反乱にたとえようとしているわけではない。そもそもバラク・オバマの家族史には、黒人奴隷制の歴史は存在しない。むしろ、仮に一見抜本的に見える革新が行われたにせよ、白人側の民族的意識・性差的意識のほうが変革されなければ、とうてい真の多民族国家とはいえぬまま、植民地時代へ逆戻りしてしまうだろう、という危惧のほうが強まるばかりだ。ポスト植民地主義の時代がそっくりそのまま新たな帝国主義の時代へと転化しかねない論理については、すでに多くの知識人が表明してきたとおりである。

 じつをいうと、『白鯨』150周年ほどには派手ではなかったが、「ベニト・セレノ」150周年を記念する会議は、2005年6月22日から26日まで、マサチューセッツ州ニュー・ベッドフォードにて、米国メルヴィル協会の第五回国際会議「フレデリック・ダグラスとハーマン・メルヴィル150周年記念祭」というかたちで開催され、わたしもパネリストのひとりとして出席した。白人作家メルヴィルと逃亡奴隷ダグラス? 意外な書き手の取り合わせにびっくりする向きも多いだろう。じっさい、このとき特別講演者のひとりとして招かれたカリフォルニア大学ロサンジェルス校教授のエリック・サンキストを除いて、この会議の時点までに積極的にこのアメリカ・ロマン主義文学の代表格と黒人逃亡奴隷の代表格とを比較検討した先行研究は、あまりにも少ない。だが、ふりかえってみると、ダグラスとメルヴィルの接近遭遇の可能性は決して小さくない。そのポイントは1840年と45年、47年から50年のあいだ、そして1855年の四つの時点、四つの場所にある。

 まず1840年暮れのクリスマスから41年初頭の1月3日までのあいだといえば、両者はともにニュー・ベッドフォードに滞在したわけで、げんに『白鯨』の第二章「旅行鞄」“The Carpet-Bag”には、同地に着いた語り手イシュメールが町をそぞろ歩くうちに黒人教会へさまよいこむ場面も描かれている。つぎに1845年といえば、その6月から7月にかけてダグラスはニューヨーク州トロイと州都オルバニーで逃亡奴隷として講演しているが、まさにこのころといえばメルヴィルが最初の長編小説『タイピー』を、それらの町の目と鼻の先にあたるランシングバーグで執筆中であった。さらに1847年から1850年のあいだといえば、両者がともにニューヨーク州に住み、とりわけ1849年5月にアイザイア・リンダース(Isaiah Rhynders)をはじめとする人種的拝外主義者たちによって引き起こされたアスター・プレイスの暴動においては、ともに何らかのかたちで巻き込まれてしまう。それから十年のあいだに、ダグラスもメルヴィルも活躍を続け、ダグラスはニューヨーク州ロチェスターに、メルヴィルはマサチューセッツ州ピッツフィールドに暮らすようになるが、さて1855年には、両者はともに代表作を発表する。ダグラスの第二の自伝である『わが捕縛、わが自由』(My Bondage, My Freedom)と、メルヴィルの傑作中篇「ベニト・セレノ」(“Benito Cereno”)が、それだ。したがって今回の会議は、まさしくこのふたりが代表作を発表した1855年からきっかり150周年、という意味を持つ。ダグラスの演説を再現するパフォーマンスや「ベニト・セレノ」のオペラ版、果てはたったひとりの役者が『白鯨』全編を演じてみせるというアトラクションも付き、盛りだくさんの会議であった。

 これまでアメリカ文学者たちがほとんど比較したことのなかった黒人作家と白人作家を並列してみたら、思いもかけぬ文学史的洞察が得られるのではないか、というアイデアは、メルヴィルをめぐる視覚芸術研究で著名であり、この会議に合わせてヴィジュアル満載の新著『ダグラスとメルヴィル』(Douglass and Melville: Anchored Together in Neighborly Style.)( New Bedford: Spinner, 2005)を刊行した北ケンタッキー大学教授ロバート・ウォレスと、メルヴィルの解剖学的想像力を克明に分析してきたカリフォルニア大学バークレー校教授サミュエル・オッターのふたりが練り上げたものである。オッター教授がたまたま1980年代中葉、筆者のコーネル大学大学院時代の同級生で、ピューリタン学者マイケル・コラカチオの授業でともに勉強した仲ということもあり、今回の参加につながったのだが、しかし出席してみて、こんなにエキサイティングな会議も少ないことを実感した。白人文学は白人文学の尺度だけでは切れず、黒人文学も黒人文学だけの尺度だけでは割り切れない。むしろ、両者の尺度が渾然一体となったところに、かつてなら「曖昧性」と呼ばれ、いまならアメリカ合衆国の「サラダボウル文化」と呼ばれるゆえんがあるのではないかと、実感したものである。

 だからこそ、『白鯨』において、いまやエイハブ船長以上に気にかかるのは、彼をほとんど操っているとおぼしき腹心の友たる拝火教徒(パールシー、すなわちゾロアスター教徒)、その名はアラビア系ながら中国製のジャケットをまといフィリピン系とも推測させる浅黒い肌をもつ謎の男フェダラーの存在なのだ。『ハーマン・メルヴィル事典』にもこう記されている。「フェダラーは悪魔的、神秘的な不信心の徒であり、悪魔のように誇りが高く憎悪で満たされたエイハブであると彼が見なすものを破壊するために、絶望的な運命観のままに彼自身の命を捧げる暗殺者である」。(178頁)ゲイルはさらに、フェダラーの外見についてはチャールズ・ウィルクスが1845年に刊行した『1838年、1839年、1840年、1841年、1842年における合衆国探検旅行の物語』のフィリピン諸島に住む民族の記述からヒントを得ている可能性を示唆するなど、貴重な情報を付け加えるのも忘れていない。

 かのジョン・ヒューストン監督が1956年に完成した映画版『白鯨』は、脚本家レイ・ブラッドベリの意向に従い、このフェダラーの存在をことごとく抹消した。キリスト教系白人の視点からすれば、これほどに無気味な存在もいないし、何よりフェダラーのごとき曖昧な存在を入れたら、米ソ冷戦時代ならではの二項対立を根幹からゆるがす恐れがあったためであろう。しかし21世紀を迎え、ポスト冷戦、ポスト9.11の時代とともにアメリカ対多数の少数民族国家なる図式が浮上した現在、人種不明にして、民族性(エスニシティ)の零度を体現するとも言えるエイハブの腹心の友を中心に読み直してみるのも、一案であるまいか。いまやフェダラーは全地球的に遍在する。アメリカ合衆国を中心に動く危機の時代を乗り切るヒントのひとつは、案外そのあたりにひそんでいるかもしれない。

アメリカ文学ライブラリー リレーエッセイ
(1)亡霊がひしめくアメリカ南部を巡って:前田絢子 氏(早稲田大学教授)「 F・S・フィッツジェラルド事典」訳者
(2)マルコムXの精神的遺産:荒このみ 氏(東京外国語大学教授)「トニ・モリスン事典」訳者
(3)カリフォルニア州カーメルのラングストン・ヒューズ:木内徹 氏(日本大学教授)「ラングストン・ヒューズ事典」訳者
(4)ウィスコンシンの休日:寺沢みづほ 氏(早稲田大学教授)「ウィリアム・フォークナー事典」訳者
(5)北の夢―シアトルからオリンガーまで:鈴江 璋子氏(実践女子大学名誉教授)「ジョン・アップダイク事典」訳者
(6)市場経済とエズラ・パウンド:江田 孝臣氏(早稲田大学教授)「エズラ・パウンド事典」訳者
(7)我流パソコン翻訳法:高尾 直知氏(中央大学大学教授)「ナサニエル・ホーソーン事典」訳者
(8)ラム・ハウスのヘンリー・ジェイムズ:別府 惠子氏(神戸女学院大学名誉教授)「ヘンリー・ジェイムズ事典」訳者
(9)エミリ・ディキンスン国際会議:鵜野 ひろ子氏(神戸女学院大学教授)「エミリ・ディキンスン事典」訳者
(10)ドライサー事典翻訳余聞―ポーの墓:村山 淳彦(東洋大学文学部教授)「セオドア・ドライサー事典」訳者
(11)異文化体験作家:ジェイムズとハーン:里見繁美氏(大東文化大学教授)「ヘンリー・ジェイムズ事典」訳者
(12)零度のエスニシティ?ロバート・L・ゲイル『ハーマン・メルヴィル事典』の余白に:巽孝之氏(慶應義塾大学教授)
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72号 2008/07/15
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