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和田敦彦著『書物の日米関係 −リテラシー史に向けて』新曜社、2007年
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八木福次郎著『古本蘊蓄』平凡社、2007年
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オーウェン・ギンガリッチ著、柴田 裕之訳
『誰も読まなかったコペルニクス−科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険』
早川書房、2005年
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受賞された歴代の作品を見るとわかるのですが、目録・索引部門は以前から、名の通った出版社もありますが比較的、地方の小さな所から出しているものが多いのに比べ、本の本部門は東京にベースがあり、名の知れた出版社が出している本が多く受賞しています。逆に言うとよく売れる、よく売ろうというねらいが出ている書物であることが言えます。今回、「本の本」部門も目録・索引部門と同様に金賞がなく、銀賞3点という審査結果でした。そのうちの和田敦彦著『書物の日米関係 −リテラシー史に向けて』とオーウェン・ギンガリッチ著、柴田裕之訳『誰も読まなかったコペルニクス−科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険』の2点は私の頭の中では書物史、History of the Book の中に入ります。これは新しい学問で書物に関する社会史といってもいいかと思うのですが、その中でも書物の需要史、つまり出版された本がその後の人々にどのように受け取られたか、という研究に入ります。
『書物の日米関係 −リテラシー史に向けて』を著した和田氏はわざわざ“リテラシー史”という新しいジャンルの名前を創作され、これにこだわりを持っているのだという感がしました。1940年に日米が戦争状態に入ると、アメリカ政府はただちに日本の語学訓練を始めます。さらに必要な情報を集めるため日本関係の書物を次々と図書館に入れて研究しました。それが一種の需要となりこれは戦争中だけでなく戦後も続いていきます。それをいかにして日本から書物がアメリカの図書館に入っていったか、その時どのような問題があったか、そしてそれがいかに需要されたかを研究した本です。はじめにこれを拝見した時は、アメリカにある図書館の日本科に所属している日本人図書館員が書いたのかと思いました。しかし実際は日本で教鞭を執られている大学の先生が書いていることを知り、驚くと同時に感動しました。そのまま博士論文になるような索引、注もちゃんと付いている書物であり、書物を作る立場としてはほぼ完成されたものと思いました。アメリカが日本を研究するために語学照校をつくり、勉強させていた一方、日本は逆に全く英語を排除しました。私の恩師などは電車の中で英語の本を読んでいただけで憲兵に引っ張られたという話です。情報戦となるともう結果は明らかだったのではないでしょうか。こうした日本の研究のおかげでルース・ベネディクトの『菊と刀』という本も生まれています。私は大学の時1966年に能の通訳として全米を回ったことがあります。その時色々な大学で出会った日本科の教授達に聞いた話が、今回この本の中に出てきて懐かしいと思いました。そういう意味で“リテラシーの歴史向けて”書かれている作品であると感じました。
その次の八木福次郎著『古本蘊蓄』は日本古書通信という、古書情報を定期的に発信するという仕事を長い間続けられた氏が、その間に書き溜められたものをまとめたもので、主に日本の古書について蘊蓄を語っています。その他にも八木氏はたくさんの著作を出されているので、今までのご努力に顕彰をしたいということで銀賞となりました。このような雑誌、新聞はなかなか長く続かないものでそれは海外にも言えることです。海外で似たような雑誌としては少し固いもので、The Book Collector という雑誌が季刊で出ています。これが一番信用のできるもので、半分が情報、半分が書誌学といった内容です。ニコラス・バーガーという有名な編集長の出している非常に癖のある、しかし面白い雑誌で長く続いています。しかし彼も50年は続けていないと思います。ですから八木氏の仕事は大変なもので、これからも元気で続編、続々編と是非出していただきたいと存じます。
最後にオーウェン・ギンガリッチ著、柴田裕之訳『誰も読まなかったコペルニクス−科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険』。非常に挑戦的なタイトルの書物です。私はたまたま、早川書房から送っていただきましたが、夜も寝ないで一読して大変感動し、ただちに私の書物の授業で参考書にしました。何しろタイトルが面白い。このギンガリッチ氏はハーバード大学の天文学の教授であり、ワシントンにあるスミソニアン天文台の館長です。要するにアメリカの大学における天文学の権威ともいえる学者です。氏が若いとき1950年代に読んだある著作の中で、かの有名なコペルニクスの書物がラテン語で書かれており難しすぎたため、本当は余り読まれなかった、版があまり重ねられてないので総部数はたいしたことがない、天動説の方が読まれていたのではないかいうことが書かれていました。地動説が出てきたら天動説はすぐに読まれなくなっただろうと我々は思いがちですが、中世につくられたサクラボスコの天動説はずっと版を重ねています。だから大学の中でも地動説と同時に天動説も読まれていたわけです。この書物を読んだあと、ギンガリッチ氏はエディンバラの天文台で初版のコペルニクスを手に取る機会があり、ありとあらゆるところに書き込みがあることを確認しました。「しっかり読んだ人がいる」ということでギンガリッチ氏が若い頃にそういうことを体験したことはとてもすばらしいことではないでしょうか。それから50年くらいにわたり彼は学会の折などコペルニクスの初版、再版があるとその現物を全部見るようになりました。それから古書店などで鑑定をたのまれるほどになる経過、コペルニクスの盗品などが出ると裁判に証人として出廷したエピソードなどが全部この本に収められています。この本は氏がコペルニクスの初版と第2版のしっかりした書誌を、オランダのライデンから出版する際に副産物として書いた本です。ですから一般向けの本といえるかもしれません。科学の著作というものがどのように需要されてきたのか、探偵小説を読んでいるようなおもしろさもあり、理系が苦手な人でも楽しめます。是非おすすめしたいと思います。
この本の後ろにはコペルニクスがどこにあるのか全てリストが付いています。このリストを見たときコペルニクスが慶應の図書館にあるはずなのに慶應の名がないことに気が付き、ただちに図書館に行って調べたところ、確かに第2版があり、この本にもたくさん書き込みがされていました。それをデジカメで撮り、ギンガリッチ氏に送ったところ、彼のノートには記されておらず、この本のことは知らなかったということでした。そうなるととても怪しい。これが慶應に入る前にどこにあったのか、ひょっとしたらあぶないコピーではないだろうかということで現在鑑定中です。ギンガリッチ氏はかなりお年ですが、色々な形で講演をしています。イギリスにも年2度くらいはお見えになると聞きます。Owen Gingerich で検索をすると彼がこの本を出したときにした講演が全部ビデオで見ることができます。もう一つ柴田氏の訳がまたすばらしい。しかも原作が出た直後に翻訳を出されています。非常に速いお仕事をされています。
この3冊の本の本部門の受賞作はどなたでも読んで面白いと思いますので是非、ご一読をお薦めいたします。