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雄松堂Net Pinus 73>西洋製本図鑑書評

Net Pinus 73号

特別寄稿

2009/01/30
なぜ自家装丁文化が日本にはないのか 西洋製本図鑑書評

書評:鹿島茂氏
(かしましげる)

(明治大学教授・フランス文学者)
1949年横浜生まれ。
東京大学文学部仏文科卒業、同大学大学院博士課程修了。
共立女子大学教授を経て、08年4月より明治大学国際日本学部教授。19世紀フランス文学専門。
【主な訳書】『馬車が買いたい!』(白水社 1990)でサントリー学芸賞、『子供より古書が大事と思いたい』(青土社 1996)で講談社エッセイ賞、『愛書狂』(角川春樹事務所 1998)でゲスナー賞、『職業別パリ風俗』(白水社 1999)で読売文学賞評論・伝記賞、『成功する読書日記』(文藝春秋2002) で毎日新聞書評賞を受賞。
他にも『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書 1991)、『セーラー服とエッフェル塔』(文藝春秋 2000)等、19世紀フランス風俗を中心に幅広い分野で執筆。古書コレクターとしても知られ、著書の中で稀覯本の数々を見ることができる。2005年に100冊目である『甦る 昭和脇役名画館』(講談社2005)を刊行。近著に『モンマルトル風俗事典』(白水社)がある。

鹿島茂氏

本原稿は毎日新聞(2009.2.1)より転載したものです。

日本は開国以来、あらゆる西洋文化を取りいれたが、定着しなかったものが2つある。ひとつは説得技法としての修辞学(レトリック)。もうひとつは仮綴じ本を装丁家に装丁してもらうという伝統である。前者が普及しなかったのは「巧言令色すくなし仁」を信じる日本的風土ゆえとわかるが、後者が伝わらなかったのは納得いく理由を見いだしえなかった。しかし、スペインの著名な装丁家である著者が西洋的自家装丁(ルリユール)の工程を懇切丁寧に解説した本書を読むうちに理由がわかりかけてきた。だが、それは後回しにして、まずは西洋装丁とは何かから考えてみよう。
著者によれば、書物が巻物から冊子本(コデックス)に変わって以来、製本・装丁が重要になったのは、キリスト教の出現があったためだという。神の言葉とされる聖書を教会で大切に保存する必要が生まれたからだ。しかし、革装丁の進化には第二の理由のほうが重要である。「書物そのものが神聖かつ貴重なものと見なされるようになった」ため、「信仰に対するその重要性を際立たせるために、できる限り豪華に仕立てる傾向が生じた」。

金と七宝による祭壇用製本 彩飾された羊革 羊皮紙

金と七宝による祭壇用製本

彩飾された羊革
羊皮紙

こうして豪華に装丁された聖書が組織的に制作される。その際には西洋人にとって手に入れやすい羊や山羊、あるいは仔牛の革が用いられたことはいうまでもない。しかし次いで別の要素が入ってくる。イスラムの影響である。イスラムでもコーランが唯一無二の書物とされた点では同じだが、「イスラムでは宗教に関連する動物や人間を描くのを避ける決まりがあるため、装飾は植物文様や幾何学文様が主体である」。このイスラム的装飾がイスラム化したイベリア半島を経由してフランス、イタリアに伝わったらしい。革装丁本に特有の金箔押しのあの複雑な装飾文様はイスラム起源であったのだ。

折り返しのあるペルシャ製本の一例(14世紀)
ムデハル様式製本
折り返しのあるペルシャ製本の一例(14世紀)
イスラムの影響を受けたスペインのムデハル様式製本。

18世紀の工房 本作りの前半部を描く
18世紀の工房 本作りの前半部を描く
やがてグーテンベルクの印刷術の発明で書物の世界に大きな転機が訪れる。書物は特権階級の耐久消費財ではなくなったのだ。ではここで、装丁は滅んだかというとそうではなかった。むしろ、復活したのである。
「今や工芸的製本は実質的に、多数ある同じ本の中から特定の1冊とその所有者を際立たせるためのものになった」。装飾に紋章が取り入れられ、所有者の個性を強調する装丁が生まれた。次に宗教戦争が荒れ狂うルネッサンス期になると、プロテスタント国とスペインでは装飾的装丁が衰退する。前者は贅沢が嫌われ、後者では異端審問で出版活動が衰退したのだ。この間に、装丁の王国となったのが中央集権的宮廷が成立したフランスで、以後、フランスの製本・装丁は倣うべき手本となる。

ルネッサンス期の製本(16世紀)
装丁デザインをリードしたフランスの製本
ルネッサンス様式 ジャン・グロリエの蔵書 ファンファール様式(17世紀) ダンテル様式(18世紀)
ルネッサンス様式
ジャン・グロリエの蔵書
ファンファール様式(17世紀)
ダンテル様式(18世紀)

では、翻って何ゆえに日本では自家装丁文化が成立しなかったのか?
本書の工程解説を読んで得たインスピレーションにすぎないが、おそらく、日本では、和本から洋本への切り替えが起こったとき、製本業者が西洋の装丁本をバラして徹底的にその構造と工程を研究し、製本・装丁を職人仕事的にではなく、マニュファクチャー的に大量生産する方法を編み出したからではないか。そして、この過程で、稀少素材である革を捨てて、量産の利く紙と布を取り、同時に堅牢さを取って美しさと豪華さを捨てたのである。
私は常々、金があったら自分の本をすべて革装丁にしたいと思っていたが、本書があれば自分でも革装丁できるかもしれないと思い始めた。いずれにしても、西洋的製本・装丁の実際ばかりか概念を掴むのにも極めて有益な一冊である。


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73号 2009/01/30
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