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雄松堂Net Pinus 74>ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』

Net Pinus 74号
特別寄稿
2009/4/8

ケルムスコット・プレスの『チョーサー著作集』

高宮利行
(たかみや としゆき)
慶應義塾大学名誉教授、イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士。専門は古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学等。日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任。
【主な著書】 〔著作〕 『グーテンベルクの謎』岩波書店,1998。 『アーサー王物語の魅力』秀文インターナショナル,1999。 〔共編著〕 『図説本と人の歴史事典』柏書房,1997。『中世イギリス文学入門 ―研究と文献案内』雄松堂出版、2008。 〔翻訳〕 スタン・ナイト『西洋書体の歴史』慶應義塾大学出版会,2001。 ロッテ・ヘリンガ『キャクストン印刷の謎』雄松堂出版、1991。 〔論文〕 ‘Richard and Robert as False Executors in Late Medieval England’, Anglistik 8(1997)。ほか
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 『広辞苑』で「私家版」を引くと「個人が営利を目的としないで発行し、狭い範囲に配布する書物。私版。自家版」とある。亡くなった人物の在りし日の姿を偲んで、残された家族や友人が追悼エッセイ集を作って関係者に配布する、あるいは会社が創立20年記念に非売品の社史を編集してお得意先に配布する、といった形態の書物を目にしたことがあるだろう。これを英語にすると 'Privately printed edition' となる。これらには、最近の出版物ならカバーに必ず見られるバーコードやISBN(国際標準書籍番号)などは付いていない。理由は簡単で、市場に流通させないからである。それゆえ、欧米では研究論文集を私家版で出しても書評の対象にはならないと聞く。
 日本語の「私家版」と混同させられる用語に 'Private press'という英語がある。これは「私家版」とはまったく異なるものであるから、そのままプライヴェート・プレスとカタカナで表記せざるを得ない。英国のプライヴェート・プレス研究の権威コリン・フランクリン氏が著した名著 The Private Press が『英国の私家版』と訳されているが、困ったことである。

モリス(右)とバーンズ(左)
バーン・ジョーンズと(左)モリス(右)
 プライヴェート・プレスとは、理想的な美しい手作りの書物を作るために、あらゆる面に細心の注意を惜しまない印刷所のことを意味する。つまり、印刷する書物の内容の選定に始まり、必要に応じて活字をデザインし、印刷用の手漉きの紙を作らせ、本文と余白、挿絵のレイアウトを考え、少部数の印刷が終わった後も装丁デザインにまで、印刷所の持ち主が一人で目を光らせるのである。優れたセンスと妥協を許さない個性が必要とされることはいうまでもない。
 産業資本主義の発展の陰で、安価に大量生産された書物が出回った19世紀後半の英国で、こういった流れに反抗するかのように、手作りの書物生産の精神を目指す「中世を夢見る人」が出現した。ヴィクトリア朝社会が生んだ巨人の一人、ウィリアム・モリス Wiliam Morris(1834‐96)がその人物である。昨今わが国でも開催される展覧会でも分かるように、英国の美術工芸家(工芸運動生みの親)、詩人(桂冠詩人に推薦されたことがある)、社会運動家(マルクス主義者)として有名なモリスは、生涯の最後の数年間を「理想の書物」を生み出すために腐心した。そして1891年に創設したのがケルムスコット・プレスである。その呼称は、オクスフォード郊外に彼の別荘がある村の名前から採用された。

 モリスは、バーナード・クォリッチ書店から購入した16世紀初期の印刷本に用いられた活字を研究して、3種類の活字(ゴールデン、トロイ、チョーサー)をデザインし、厚手の手漉きの紙を作らせた。標題や挿絵のデザインには、後期ラファエル前派の画家エドワード・バーン・ジョーンズ Sir Edward Coley Burne-Jones (1833-1893)が協力した。また余白の美を主張して、本文を囲む4つの余白の比率が一番美しくなる「モリスの法則」を提唱した。湿らせた手漉き紙をアルビオン手引き印刷機で刷った紙の表面には、印圧で凸凹ができるが、そのままの美しさを維持するために、製本する際には圧力をかけすぎないようにと、わざわざ印刷したメモを顧客に渡すこ
モリスが描いたアルファベットのデザイン
モリスが描いたアルファベットのデザイン
ともあった。
 書物の印刷のための資金調達から、また実際の工程の初めから終わりまで、一人の親方が監督するというやり方は、実は15世紀後半に始った印刷業者の仕事であった。活版印刷の発明者ヨハン・グーテンベルクも、英国最初の印刷業者ウィリアム・キャクストンも、印刷後の装飾と製本を除けば、全工程を監督した。グーテンベルクは「42行聖書」を180部ほど印刷したと考えられているが、モリスや彼の追随者たちも200部から300部ほどしか印刷していない。要するに、プライヴェート・プレスの主宰者たちは、初期印刷業者と同じく、賃仕事はせず、自らの判断で厳選した本文を美しい印刷本に仕立てることを旨としてきたのである。

ケルムスコット・プレスで製作された美本
エリス編「シェリー詩集」1894-95 エリス編「シェリー詩集」1894-95 2
エリス編『シェリー詩集』1894-95

モリス「ヴォルスング族のシグルズとニーブルングン族の滅亡」1898 モリス「ヴォルスング族のシグルズとニーブルングン族の滅亡」1898 2
モリス『ヴォルスング族のシグルズとニーブルング族の滅亡の物語

』1898

ケルムスコット・プレス「チョーサー著作集」
ケルムスコット・プレス『チョーサー著作集』
 ケルムスコット・プレス創設以来ずっと、モリスとバーン・ジョーンズは英詩の父、ジェフリー・チョーサーの著作集を出版したいと考えて奔走した。その当時出版されていた最良の本文はW. W.スキート教授の編纂による校訂版だったが、出版元のオクスフォード大学出版局との折り合いがつかず、最終的にはモリスの友人F. S. エリスが少々現代英語の綴りに直した本文が用いられた。
 だからといって、おそらく昔も今も、チョーサーの作品をケルムスコット・プレス版で味わう読者の数は多くないだろう。より手軽に入手できる刊本が存在するからだ。モリス自身が「本質的には芸術作品」と呼んだように、本書はそのタイポグラフィーや装飾、とりわけ挿絵を「愛でる」ための書物だった。多くの読者を魅了したのは、バーン・ジョーンズによる87点の木版挿絵だったに違いない。夕方になると、モリスはバーン・ジョーンズの家を訪れて、チョーサー作品を声高らかに朗読した後(これは文学作品を楽しむ当時のやり方だった)、二人で挿絵の構想を練った。キャクストン印刷による初版(1476年ごろ)以来、繰り返し印刷されてきた『カンタベリー物語』の刊本だが、本書が出版されるまで、物語の場面を描いた挿絵はなかった。これは驚くべきことであり、すべての挿絵は二人の着想から生まれ出た。二人は大英博物館やオクスフォードのボドリー図書館を訪れては、チョーサーの種本となったイタリア語の装飾写本を調べて、挿絵の主題を考えたのだった。

 しかし、バーン・ジョーンズによる挿絵の選択は恣意的だった。彼は自分の好みに合う物語に挿絵を多く入れたのである。彼が最も興味を抱いたのは、宮廷風恋愛やフランス風・イタリア風の洗練された語り部チョーサーだった。それゆえ、騎士道ロマンスには熱心だったが、ファブリオー(滑稽譚)というジャンルに属する「粉屋の話」のような、猥雑で現実的な物語には黙して、挿絵を描こうとしなかった。これは俗にヴィクトリア趣味と呼ばれる、乙に澄ました倫理観の現れといえよう。もっともバーン・ジョーンズでさえ、現実の生活ではモデルを務めたマリア・ザンバコとの爛れるような不倫に溺れていたのだが。

「チョーサー著作集」図版1 「チョーサー著作集」図版2
「チョーサー著作集」図版3 「チョーサー著作集」図版4
『チョーサー著作集』図版

総白豚革・空押し装丁本「チョーサー著作集」1896
総白豚革・空押し装丁本『チョーサー著作集』1896
 モリスが没する2年前の1896年5月に完成した『チョーサー著作集』は、紙刷り425部、ヴェラム刷り13部が印刷された。前者の頒価は20ポンド、後者は120ギニー(132ポンド)だった。筆者の知る限り、わが国にはケルムスコット・プレスの全出版物が9セットも将来しており、それ以外にも確認されているから、『チョーサー著作集』はおそらく15部ぐらいは現存するだろう。ただしすべて紙刷り本である。モリスは多くの場合、顧客が再製本することを考えてホランド装丁かリンプ・ヴェラム装丁にしたが、『チョーサー著作集』ではダヴズ製本所で紙刷り本46部、ヴェラム刷り本2部を、特別豚革装丁本に仕立てた。これはさらに高価であるが、東京大学、モリサワ、日本大学、うらわ美術館はこれを擁する。

 いずれにせよ、『チョーサー著作集』は昔も今も大変美しく、また大変高価であることに変わりがない。わが国では特に戦後ケルムスコット・プレスへの関心が高まり、庄司浅水氏が「世界三大美書のひとつ」と称えたこともあいまって、本書は愛書家にとって垂涎の的となった。
 状況は本場の英国でも同様であり、一般の愛好家の需要を満たすために、既にファクシミリがいくつか制作されてきた。そのうち最も素晴らしい出来栄えのものは、1975年にバジリスク・プレスが解説本付きで制作した豪華なファクシミリである。ラインブロックから起こしたレタープレスで印刷されたため、専門家でも原本との相違を見極めるのに苦労するほどだった。頒価もかなり高いものだった。ところが皮肉なことに、グーテンベルクと同じく、このプレスもまもなく破産した。ほかにも縮小されたサイズの廉価版ファクシミリが3種類出ているが、いずれも愛書家を満足させるものではない。

バジリスク・プレス版 バジリスク・プレス版2
バジリスク・プレス版 『チョーサー著作集』1975

フォリオ・ソサエティ版
フォリオ・ソサエティ版
『チョーサー著作集』 2008
 忠実なファクシミリと劣悪な廉価版の間に位置するものとして企画されたのが、フォリオ・ソサイエティ版といえよう。この出版社は英国のブッククラブとして、長い歴史をもつ。バジリスク・プレス版の印刷をてがけたジョン・ロバーツ・プレスの現在の所有者、バーナード・ロバーツ所蔵の原本をばらして撮影し、制作したのが同社の2002年の版だった。これは1000部印刷されて、江湖から迎えられた。2008年に出版されたのはその復刻版である。カンブリアの製紙工場で作られた特製紙を用いて、ケンブリッジ大学出版局が印刷した本書は、デイヴィッド・ピアソンの装丁デザインによる。そして実際に製本する作業はドイツの工房で行われた。鑑賞に耐える質の高い原寸ファクシミリで、なおかつ程よい価格のフォリオ・ソサイエティ版は、きわめてコスト・パフォーマンスが高い。巻末にはWilliam S. Petersen, The Kelmscott Press: A History of William Morrisユs Typographical Adventure (Oxford: Oxford University Press, 1991) の第8章が、解説書として収められている。なお、これを日本語で読みたい読者には、ウィリアム・S・ピーターセン『ケルムスコット・プレス―ウィリアム・モリスの印刷工房』湊典子訳(東京:平凡社、1994)が出版されている。

 実を言えば、モリスは人生で常に敗残者だった。若いころ意図した建築家にはなれなかった。結婚した妻ジェーン・バーデンは、友人ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティと一緒に、自分が買ったケルムスコット・マナーで暮らした。画家としては一枚の油彩を残したに過ぎない。中世の教会を守るために教会修復に反対する協会を作ったが、うまく行かなかった。中世の職人のように手と魂で工芸品を制作すべくモリス商会を設立したが、大量生産でないため値段の張るタピストリーやステンドグラスを購入したのは、皮肉にも、彼が忌み嫌った産業資本家だった。
 その中で晩年に夢中になったケルムスコット・プレスの精神や出版物は、その後長く英国で受け継がれた。わが国にその作品が多く所蔵されている現状を、モリスは草葉の陰でどう感じているだろうか。

「チョーサー著作集」図版5 「チョーサー著作集」図版6 「チョーサー著作集」図版7
『チョーサー著作集』その他画像
フォリオ・ソサエティ版 フォリオ・ソサエティ版 ケルムスコットチョーサー

フォリオ・ソサエティ版 ケルムスコットチョーサー
1 volume (42.5x30.2cm), ii, 559 pp.
in a gold-blocked slipcase
Bound in buckram, blocked with a design
by William Morris, gilded top edge, ribbon marker
London: The Folio Society, 2008.

在庫 ¥85,000.-

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74号 2009/4/8
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