Pinus_logo Pinus_logo Pinus_logo
雄松堂Net Pinus 76>「ミカドの国」の開港−ハイネの残した4枚のスケッチ

Net Pinus 76号
横浜開港150年−特別企画
2009/9/30

「ミカドの国」の開港


ハイネ肖像
ハイネ肖像
「太平の眠りをさます上喜撰 たった四はいで夜も寝られず」
ペリー提督のアメリカ東インド艦隊が、1853年に浦賀に来航し人々を騒然とさせ、その圧力のもと、最終的には幕府に和親条約を締結させた一連の騒動は、日本史上指折りの大事件であった。また、伝説に近かった「ミカドの国」に米国人が上陸したという事実は、海外においてもやはり画期的な出来事としてとりあげられた。それゆえ、アメリカ政府が編纂した、ペリー艦隊航海記である「ペリー提督日本遠征記」は国境を越えたベストセラーとして、3万4千部を刷った。

この本の挿絵を担当したのは、この遠征に随行した青年画家ペーター・ベルンハルト・ヴィルヘルム・ハイネ(Peter Bernhard Wilhelm Heine)である。彼は1827年、ドレスデンで生まれた。父は俳優であったが、ハイネは成長するにつれ芸術的才能を開花していったため建築学の道へと進む。しかし次第に絵画へと興味が移り、パリへ奨学金を得て留学し3年間美術を学ぶ。そして装飾才能が認められ、ドレスデンで宮廷劇場付き舞台装置画担当となるのである。しかし一方で、ロシアの革命家バグーニンと知り合い、1849年のドレスデン蜂起に身を投じるが、革命が失敗におわると、志なかばにアメリカに亡命するのである。そこでアメリカ海軍の軍籍に入り、ペリー提督のアメリカ艦隊に加わった。

ケープタウン、セイロン、シンガポール、香港を通過し、長旅の末に行き着いたのは幻の国日本。当時26歳であった青年の目には見るもの、触れるものがめずらしく、好奇心の赴くままにスケッチを重ねた。沖縄、神奈川、下田、函館を巡った旅路で描かれたスケッチは、ハイネの異質文化に対するつきる事のない興味、そしてその美しい自然への感激を表現し、当時のヨーロッパ人のつきる事のない日本への幻想をかきたてた。これらの画は「ペリー提督日本遠征記」をベストセラーにならしめたひとつの要因とも言えるだろう。

ここでハイネの4点の絵を見てみよう。

ルビコン河を渡る(旗山崎周辺) 1853年7月11日
ルビコン河を渡る(旗山崎周辺) 1853年7月11日
ペリー提督久里浜上陸  1853年7月14日
ペリー提督久里浜上陸  1853年7月14日
ペリー提督横浜上陸 1854年3月8日
ペリー提督横浜上陸 1854年3月8日
ペリー提督下田上陸 1854年6月8日
ペリー提督下田上陸 1854年6月8日

ハイネのスケッチの多くは静然としたものが多い。主役を引き立てるために存在する舞台のバックに描かれている背景画を彷彿とさせる。そこに点のように配置された人間には動きがなく、何かしら漠然とした印象をうける。もちろんそれには彼が舞台装飾の画家であったことも影響していたであろうし、記録としての画家の役割ということもあるだろう。そこには黒船来航による庶民の騒然とした反応や好奇心にあふれる様子、未だかつてない一大事を目の前にした江戸幕府側の緊迫感、日本への侵入をシーザーのルビコン河横断に例えたアメリカ軍の気負いといった人間的なもの描写があまり感じられない。あたかもあらかじめ予定されていたような整然としたセレモニーが機械的に行われているかのようにさえ見える。

彼の画家そのものとしての評価は決して高くはない。しかし彼の絵には単に背景画にとどまらない一種の不思議な空気を感じさせるものがある。人間界の緊迫した世紀の対面にはまるで関しない穏やかな浦賀港の海の色、うっすらと陽炎のように浮かびあがる富士山、海岸に力強く育成する松の林・・・何かしら日本人の共感をさそう風景である。それは若いハイネ自身の五感で日本の自然や、風物を感じとろうとした表れと言えるかもしれない。多くの碧眼の画家たちが誇張した日本を描写した中、どこかこの大事件を達観して、人物たちを淡々と描いたこれらのスケッチは、今日の私達が当時の様子を一番想像しやすい図版のひとつであることには間違いがないだろう。彼の絵に登場する人物の子孫が100年後「ミカドの国の開国」のもっとも象徴的な絵としてハイネの絵を思い浮かべるようになると想像し得たであろうか・・・。

ハイネはプロイセンの東アジア遠征への随行の申し入れを受け、再び日本の地を踏み、そこでも数多くのスケッチや写真を残す。彼の8冊の著作のうち6冊は日本関係に関するものであることからしても、ハイネの日本への関心の高さがうかがえるのである。若い時に感激を受けたエキゾチックな極東の島国は、祖国のドレスデン蜂起にはじまり、南北戦争等のいくつかの紛争に身を任せたハイネにとって、生涯の心の拠りどころであったに違いない。

雄松堂出版刊行の関連文献
ペリー日本遠征日記(新異国叢書 第II輯 第1巻)
定価5,460円(本体5,200円+税5%)
金井 圓 訳
「公式記録」にはないペリー自身の新鮮な観察が、未発表資料の紹介とあいまって日本の夜明けをあざやかに浮かびあがらせている。
ハイネ 世界周航日本への旅(新異国叢書 第II輯 第2巻)
定価5,460円(本体5,200円+税5%)
中井 晶夫 訳
ペリーに随行し、開国という歴史的事件を、芸術家の豊かな感受性と鋭利な観察眼でとらえた、興味深い記録。
ペリー日本遠征随行記(新異国叢書 第I輯 第8巻)
定価5,250円(本体5,000円+税5%)
洞 富雄 訳
ペリー日本使節団の主席通訳をつとめたS.W.ウィリアムズの手による、ペリー艦隊の知られざるドキュメント。
キリスト教の伝来からモースまで
欧米人の目で綴った対外交渉史の白眉
新異国叢書 第I〜III輯 全35巻
新異国叢書 総索引
76号 2009/9/30
 [目次に戻る]  

Net Pinus