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雄松堂Net Pinus 79>リレーエッセイ『ダムダム』

Net Pinus 79号
リレーエッセイ「探す・繰る・読む─雑誌の楽しさ」第7回
2010/07/10

『ダムダム』

島村 輝(しまむら てる)
1957年、東京生れ。専門は日本近代文学。東京大学大学院博士課程単位取得退学。現在フェリス女学院大学教授。「逗子・葉山九条の会」事務局長。「マンガ蟹工船」(2006年 東銀座出版社、2008年講談社)の解説など、プロレタリア文学研究者として近年の多喜二再評価に貢献。
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『ダムダム』創刊号
 2009年の春に、20年間勤めた女子美術大学を退職し、現在の職場に移った。フェリス女学院大学の図書館は、この規模の大学としてはかなり調えられているのだが、それでも率直に言えば、出版側での近年の整備・充実ぶりが著しい雑誌資料等の復刻、マイクロ版・デジタル版の資料などは、さらに蒐集を進めることが望ましいと感じた。着任早々ではあったが、雄松堂よりマイクロフィルムで刊行されている「精選近代文芸雑誌集」からさらに選択を加え、大正から昭和初期にかけての、主としてモダニズム関係の雑誌類を中心に、「大正・昭和初期モダニズム文学集成」というコレクションとして図書館に収蔵してもらうことになった。今回このエッセイで採り上げるのはそのコレクションのうちのひとつである『ダムダム』(1924年11月、創刊号のみ)である。

 プロレタリア文学研究の魅力

 関東大震災を経て、アナキスト詩人たちのマニフェストの場としての『赤と黒』の後継誌という自負を持って刊行された『ダムダム』は、結果的には創刊号のみで終刊となったが、このたいしたページ数もない雑誌は、その名のとおり、今日から見ても、歴史上大変な爆発力を秘めた「爆弾」であったといえよう。
 この雑誌の書誌や内容の「解題」は、「総目次」に付された紅野敏郎先生の記されるところを参照いただくとして、筆者がなぜこの雑誌にそれほどの興味を寄せるようになったかについて、少々記すことにしたい。
 筆者はもともと、小林多喜二を中心とするプロレタリア文学の研究から出発した。研究を始めた当初のころお目にかかった小笠原克先生から「これからはプロレタリア文学関係の雑誌や文献も、復刻などが出揃ってくる。こうしたものは、これまでは通読しようとしても,見ること自体が難しかったものだ。これからの研究者は、できるだけこうした資料を、当時の形で見るようにしなければならない」と言われた。確かに、プロレタリア文学の分野では、オーソドックスな文学研究の領域の外につながるようななにかを見出さなければならないと感じ、それからはなるべく多くの原資料類に遡ることを心がけた。そのようにして原資料、周辺資料と当たっていくことの重要さとともに、面白さも次第に味わえるようになってきた。

新しい文化と連動していたプロレタリア文学

 1997年春、『すばる』に連載されていた、井上ひさしさんと小森陽一さんをホストとする「座談会 昭和文学史」の「プロレタリア文学」の回にお声がかかり、加えていただくことになったのだが、このお二人に小田切秀雄先生という顔ぶれの末席に連なる新米研究者としては、ともかく周到に準備をして臨むほかはなく、当時目に入る限りの関係雑誌を一通りさらって、なんとか座談会についていくことができた。
 そのときに気づいたのは、たとえば『文芸時代』などに、プロレタリア文学系の雑誌にもかかわらず、「プチブル的」ともいえるような多様な広告が掲載されていることだった。
【島村 】読者はプロレタリア文学、プロレタリア文化ないしは革命運動にだけ興味を持っている人ばかりじゃない。『文芸時代』には、三越が毎号のように広告を出しています。「秋のふけゆく頃…秋の御支度寒さのご用意は三越」というコピーがあります(笑)。三越は『文芸時代』に広告を掲載しても引き合った。そういう読者も持っていた気がします。

集英社『座談会 昭和文学史』第一巻361ページより
 という筆者の発言を受けて、小田切さんは「それは宣伝部かどこかに知り合いがいて、コネで広告を出させて、お金を取るためにやっていたのだろう」という趣旨を語り、井上さんは「ブルジョワ消費主義の象徴だった三越は宣伝に力をいれていた。その三越の広告が載るというのは大変具合がよかったでしょうね」そして小森さんは「三越といえば同時代のモダニズムの生活様式を代表していたデパートです。プロレタリア文学はそういう新しい消費文化とも見事に連動して、同時代的な魅力を作り出していったわけです」と応じている。(『座談会 昭和文学史』第一巻第四章「プロレタリア文学」、初出『すばる』97・10、単行本は集英社、2003年9月)このやりとりは、1920〜30年代の文学現象を考えていく上で、大きなヒントとなった。

「文学現象」の多様さを持つ雑誌『ダムダム』

 その後、三省堂の『現代詩大事典』(2008年1月刊行)の編集委員になるなど、近現代詩の領域に仕事を広げていく過程で、改めて『ダムダム』の存在に出会った。『ダムダム』そのものはプロレタリア文学の雑誌とまではいえないが、収録されているエッセイ「ダムダム弾」の中で『文芸戦線』『文芸時代』の同人たちの名を列挙し、こうした同時代の先端的な文学動向に強い関心を向けていることをアピールしている。
「松屋」「伊並屋」の広告ページ
 考えてみれば、1924年はその後しばらくの間、文学の世界を席巻する、プロレタリア文学、アナキズム文学、モダニズム文学などの重要な雑誌が相次いで刊行された年である。『ダムダム』には随所に『文芸時代』、およびその同人たち結集の元となり、結局はそこから『文芸時代』が分派することになる、菊池寛と『文芸春秋』の役割に対して投げかけられた風刺的な言葉が見出される一方で、その巻末広告欄には『文芸時代』創刊号の広告が、聚芳閣版『文学界』、全芸術社版『猟人』などのものとともに、大々的に掲載されている。
 この広告欄が面白い。『文芸時代』広告のすぐ前には、築地小劇場、芸術座の広告が載り、後者には水谷竹紫、水谷八重子の名が記されている。さらに目を引くのは、「スヰートコーナー 薬品部 喫茶部」としてイラストを掲げた「松屋薬局」、「今秋の流行 最新型 帽子と雑貨」を宣伝する「伊並屋雑貨店」の広告。さらには「十文字商会」の「日本一の十文字式噴霧器と消火器」、「世界的強力消化素 タカヂアスターゼ」、果ては「生殖器衰弱 脳神経衰弱 肺結核疾患」に効能ありという「エレクチン」などという怪しげな商品の広告までが掲載されているのである。
 「座談会 昭和文学史」の仕事の時にも感じたことだが、『ダムダム』に限らずとも、雑誌を見る楽しみのなかに、こうした広告などを含む周辺情報の発見があげられるだろう。創刊号、たった一冊だけに終わったこの雑誌ではあるが、その装丁、編集、広告までをも含めた「文学現象」の多様さを十分味わわせてくれる。
 『ダムダム』は、雄松堂から「近代文芸雑誌稀少十誌」の一つとして復刻刊行もされているが、やはり分量の多い雑誌復刻などのすべてを紙媒体で刊行することは難しくなりつつある。近年はデジタル技術の発達のおかげで、マイクロ資料も非常に利用しやすくなった。かなりの量にのぼる「精選近代文芸雑誌集」のマイクロフィルムだが、勤務先の図書館のデジタルリーダーに向かう楽しみはまだまだ続きそうである。

精選近代文芸雑誌集
雑誌「ダムダム」(マイクロフィッシュ版)の詳細カタログはこちら[ WORD:256k]から

複刻版 近代文芸雑誌稀少十誌「ダムダム」を含む稀少な10誌を
 原装に忠実に再現

菊判 10誌13冊 付解説 四方帙入
2007年2月刊行 50セット限定
ISBN 978-4-8419-0442-0
関連資料
改造社出版関係資料
「改造」直筆原稿 画像データベース
79号 2010/07/10
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