雄松堂雄松堂出版The Bury Bible


12世紀英国ロマネスク写本装飾の代表的傑作


慶應義塾大学文学部教授 HUMIプロジェクト主事 高宮 利行

 ケンブリッジの街中にあるコーパス・クリスティ・コレッジは、コレッジの中で唯一商人ギルドが作ったもので、2002年には創設650年を迎える。こじんまりとした、しかし科学や歴史に強いコレッジである。19世紀末に、慶應の学生にラグビーを伝えたエドワード・クラークはここの卒業生である。

 ここのパーカー図書館は、卒業生でもありマスター(学長)も務めたマシュー・パーカー大司教が遺贈した貴重書コレクションから成り立っており、その扱いには厳しい条件がついている。毎年の検査で、一冊でも消失していることが分かれば、その蔵書はすべて道を隔てたキングズ・コレッジに移送される、そしてその後一冊でも無くなれば、次のコレッジへと…という条件である。さいわい400年以上にわたって蔵書はそのままコーパス・コレッジにある。

 パーカーは、16世紀前半のヘンリー8世の修道院打ちこわしによって四散した中世写本を、特別の許可を得て蒐集した。その目的は、カトリック教会に離反して生まれた英国国教会が、実は古いアングロサクソン教会の伝統を踏襲する権威ある存在であることを証明するためであった。パーカーは蒐集した万巻の書を、仲間の学者と調査し、編纂し、出版した。

 パーカー図書館所蔵の写本第2番は「ベリー聖書」と呼ばれる、12世紀イギリスのロマネスク美術の傑作である。この美しい装飾写本は、ケンブリッジから東へ車で40分で行ける、ベリー・セント・エドマンズの大修道院で、1136年に制作されたことが判明している。そこの記録によれば、ヒューゴという画師はページ大の装飾画を制作するのに、その地方で入手できる羊皮紙に飽き足らず、スコットランドから最良のものを取り寄せたという。修道院打ちこわし運動のために、さしもの「ベリー聖書」も打ち捨てられていたらしく、全4巻のところ3巻しか現存しない。それにもかかわらず、書物史や美術史の研究者がこれに群がるのは、昨日描いたばかりと思われる写本装飾の美によるものだ。ページ大に装飾された羊皮紙は裏写りを避けるために、次のページに糊付けされていて、そこに用いられた青の顔料(アフガニスタンから来たラピズ・ラズリ)の鮮やかなこと…。

 前述した事情で、従来はこのパーカー図書館で中世写本を閲覧することも、ましてや写真撮影をすることも困難を極めた。ところが、サザビーで写本部長を25年間務めたクリスファー・ド・ハメル博士が2000年秋に図書館長に、そしてマイクロ・エレクトロニクスの教授がマスターに就任するや、風向きが変わった。パーカー蔵書の写本のデジタル化を初めて許されたのは、慶應義塾大学のHUMIプロジェクトである。このチームが撮影したフィルムを元に装飾ページをファクシミリとして、ロマネスク写本研究の泰斗ロドニー・トムソン教授が解説を施したのが、このたびの出版物である。

 撮影現場を訪れたトムソン教授も、印刷会社の社長も、このフィルムに収められた精細な画像に感動していた。その感動をそのまま伝える本書は、聖書史、中世美術史、書物史、中世イギリス史、カリグラフィー、レタリング・デザインなどに関心をもつ方々にお奨めしたい。


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