| [100セット限定] |
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| [復刻版]本邦キリシタン布教関係資料 プティジャン版集成
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フランス人宣教師プティジャン(Bernard Thadée Petitjean 1829−1884)が、大浦天主堂で隠れキリシタンと出会ったのは1865年(元治2年)のことであった。来たる2015年にこのいわゆる「信徒発見」から150周年を迎えるにあたって、「秘密出版物」と言われ、今日では入手困難の貴重書である「プティジャン版」をできる限り原典に近い形で復刻した。禁教下での迫害と潜伏の時代に信仰を継承してきた、キリシタンたちの信仰生活のために出版されたこれらは、旧来のキリシタン版を手直ししたり利用して刊行したキリスト教入門書や祈祷書、要理書はじめ、プティジャン司教の書簡等が含まれる。今回は、信徒発見の1865年から禁教令が廃止となった1873年(明治6年)までに出版された23点を刊行する。 |
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| *1865年から1873年までの23点を第I期とし、配本は2回に分ける。 *解説は、第2回配本に入れ、I期の内容を網羅したものとする。 |
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| 「サンタ・マリアの御像はどこ?」(プティジャン司教の信者発見報告の書簡より) ―― 禁教下の幕末日本で隠れキリシタンたちと奇しき邂逅を果たした神父による最後の“キリシタン版” |
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カトリック教会再宣教後最初の刊行物。ムニクーが、中国カトリック教会で使用していた教理問答書『聖教要理』を底本に日本語に読み下して編纂したもの。内容は「天地始マルの事」ほか、『ローマ公教要理』(1566年)に基づく。

1
聖教要理問答 1865年 横浜 木版刷和装本
ドミニコ会のコリャドが1632年にローマで刊行したものの再刊。ローマ字邦文とラテン語の対訳形式で、信徒に質問する司祭、それに答える信徒の具体例をあげ、信徒にゆるしの秘跡を与えるための方法を教えている。

2
Niffon no Cotoba ni Yô Confesion 1866年 パリ 洋装本
キリシタン版『どちりいなきりしたん』などに基づきプティジャンが編纂したカトリック教理の入門書。内容はキリスト教の歴史、使徒信経など。キリシタン用語を継承しているため、復活キリシタンの間に広く流布した。

3
聖教初学要理 1868年 木版刷和装本
教会の祈り37篇を集成したもの。キリシタン版『どちりいなきりしたん』や『おらしよの翻訳』などに所載で潜伏キリシタンが伝えてきたものをプティジャンが編纂し、キリシタンの伝統語を平仮名で示している。

4
聖教日課 1868年 長崎 石版刷和装本
再宣教後最初の教会暦(典礼暦)。陰暦慶応4(1868)年のもの。「正月一日 さんぱうろあぽすとろのたちかへり」(陽暦1月25日)から「十二月廿九日 かなしみ節ニ入」(陽暦1869年2月10日)まで。

5
天主降生千八百六拾八年歳次戊辰瞻礼記 1868年 石版刷 一葉
明治2(1869)年の教会暦。前年同様プティジャンによるキリシタンの伝統語を用いたもの。「二月大五 日本きりしたんのしそんながさきの御どうにてはじめてみだし」(陽暦3月17日 信徒発見)など日本関係の祝日が記されている。

6
御出世以来千八百六十九年明治二己巳歳御祝日付 1869年 木版刷 一葉
「十字架の道行」は、キリストの受難、すなわち、キリストが十字架を担って歩んだ道を黙想しながら行う信心業。本書は潜伏キリシタンが伝えてきたラテン語やポルトガル語による、その信心業のための手引き書である。

7
御久類寿道行のおらしよ 1869年 石版刷
「こんちりさん」(痛悔)の心得を記した同名のキリシタン版(1603年刊。伝本なし)の写本をプティジャンと阿部真造が復刻したもの。仮名書きを適宜漢字に当てるなど字句を改め、構成にも変化を与えている。

8
胡無知理佐旡の略 1869年
プティジャンが1868年にローマの図書館で発見した、ゆるしの秘跡についての解説書・キリシタン版『サルバトールムンヂ』(長崎、1598年刊)を筆写して日本に持ち帰り、翌年「校正再刻」として出版したもの。

9
とがのぞき規則 1869年 〔上海〕 唐紙石版刷
ドミニコ会員フアン・デ・ルエダが1623(元和9)年マニラで刊行した『ビルゼン・サンタ・マリヤの尊きロザリヨのハルヂン〔園〕とて花園にたとゆる経』(ローマ字本)を底本にプティジャンが漢字仮名交じり文に編纂したもの。

10
瑰花冠記録 1869年
長崎の唐通詞の書役からキリスト教に帰正した「帰正痴士」こと阿部真造による護教書。明治維新政府のキリスト教弾圧が日本の将来を誤るものと批判し、キリスト教こそが新しい日本の国民教化に貢献すると主張する。キリスト教禁制下にあっての知識人の入信動機とその思想を語るものである。

11
夢醒真論 1869年 上海 石版刷
ミサ聖祭にあずかる心得を式次第に従って解説し、オラシヨ(祈り)を添えたもの。

12
弥撒拝礼式 1869年 唐紙石版刷 和装本
アニマやガラサなどのキリシタンの伝統語、冥加や功力などの仏教語、弥撒や神父などの中国キリスト教系の言葉が使用されている。版下は阿部真造筆。
『聖教初学要理』(1868年)の再刊本。

13
聖教初学要理 1869年 〔上海〕 唐紙石版刷
冒頭に「日本国切支丹宗之為に教皇より御免之事」として日曜日と守るべき祝日の遵守および大斎と小斎の日の飲食物の制限に関する説明が新たに加わっているが、大きな変化はない。
『

14
ろざりよ十五のみすてりよ図解 1871年 長崎
瑰花冠記録』(1869年)のなかからロザリヨの祈りの観想すべき要点をまとめたもの。口絵に聖母子を囲む天使像、それに15の玄義(ミステリヨ)の要文と『
瑰花冠記録』と同じ挿絵15図で構成されている。
教会の祈りを集めた同名の書(1868年刊)の第2版。初版に比べて「聖母に向つて申べき誦」「聖霊よ来たり給え」など新たに六つの祈りが加わり、また、漢語の使用が増えているのが特色である。

15
聖教日課 1871年
1867(慶応3)年の長崎浦上の潜伏キリシタンに対する弾圧事件(浦上四番崩れ)、69(明治2)年の明治政府による信徒流刑に際し、プティジャンが信徒を慰め、激励するために送付した回状。

16
プティジャン司教の司牧書簡 1871年2月5日付
ローマ滞在中にキリシタンらの流配を知った悲しみ、日本26聖人に取り次ぎを頼んでいることなどを伝えている。
教皇ピウス九世の在日宣教師および信徒宛ての激励状に司教の添書を付して印刷し、信徒に配布したもの。漢文調でありつつも、なお「聖神(※すぴりとさんと)のがらさの光りに導かれ」などとキリシタンの伝統語も駆使している。

17
教皇ピウス九世書簡 1871年9月28日付 1872年2月印刷
「再刊」の角書が加えられているが、改訂増補三版で、横浜で刊行されたと思われる。内容においては再刊本とまったく変化がない。

18
中国カトリック教会で使用の林問漁(ローレント)『煉獄説略』(上海、1871年)を抄訳したもの。漢語の「煉獄」は表題のみに使われ、本文にはプルガトリヨと見られるように、伝統のキリシタン用語が使用されている。

19
煉獄説略 1872年 洋紙石版刷 洋装本
『御久類寿道行のおらしよ』(1869年)の再刊本。プティジャンが横浜に移った後の刊行と思われる。初版本に比較して全体に黙想の仕方と祈りが詳しく、新たに編纂したものと思われる。

20
くるすのみち行 1873年 唐紙石版刷 和装本
外題は「御苦難所之略」、内題は「後婆通志与」。プティジャンがマニラで入手したキリシタン版『スピリツアル修行』(長崎、1607年刊)の「四巻のエワンゼリヨを集めて翻訳したる御パツシヨンのテスト」を底本とし、多くの漢語を用い、キリシタン用語を振り仮名にして翻刻しなおしたもの。

21
後〔御〕婆通志与 1873年 洋紙石版刷 洋装本
洗礼について解説したもの。漢語を多く用いているが、キリシタン用語の振り仮名を付しており、また「水方」などの用語の使用から、潜伏キリシタン関係者または彼らが伝えてきた写本の存在をうかがわせる書である。

22
洗滌之秘跡之事(※ばぷちずものさがらめんとのこと) 1873年 洋紙石版刷 洋装本
中国で宣教に従事していたラザリスト会の司教斯徳範(アルブラント)編の同名のキリスト教護教書を底本とし、和訓本として出版された。神の正義や霊魂の不滅など44の問題を中心に論じている。

23
聖経〔教〕理証 〔1873年〕〔上海印刷 横浜刊〕 唐紙石版刷
復刻にあたって
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| プティジャン版
プティジャンのもとで1868年(慶応4)年から1883(明治16)年にかけて横浜や長崎などで出版されたキリスト教布教用の出版物。約60種あるといわれている。キリシタンが秘蔵したキリシタン版や、彼らが口伝や写本で伝えた「おらしよ」、プティジャンがマニラやローマで入手したローマ字本を原本として、森松次郎や阿部真造(貞方良輔)らが筆写し、ド・ロの指導で石版印刷したもの(一部木版刷もあり)。過去に出版されたキリシタン版の手直し(『どちりいな・きりしたん』→『聖教初学要理』、『サルバトール・ムンヂ』→『校正再刻 とがのぞき規則』、『ろざりよの経』→『 |
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