書架に大きな宝となって遺される

吉村 昭(作家)


相撲 書斎の書架に、昭和18年5月30日第一刷発行の岩波文庫『日本幽囚記・上』ゴロヴニン著、井上満訳がある。私が中学3年生の折に買い求めたもので、20年4月中旬の夜間空襲で家が焼けた時、庭に埋めた石油罐の中に入れて焼失をまぬがれた。『日本幽囚記』中と下は戦後購入した。
 幕末の日本を異国の人がどのように見たかがまことに興味深く、その時から私のこの種の書物への傾倒が日増しに密度濃いものになって、現在に至っている。
 小説家としての道を進み始めた私は、江戸中期以降明治初年にいたる日本の歴史が、海を渡って異国人がやってきたことによって形成されているのを知った。幸いにも異国人の日本渡航の記録がつぎつぎに和訳され、私はそれらの書物をあさることによって多くの小説を書いてきた。それらの記録は、日本そのものを写す鏡に等しいもので、日本の姿が鮮明に浮び上がっている。このような記録が翻訳出版されることは、日本の文化度の高さをしめすものと言える。
 そうした意味からも、「新異国叢書」を出版している雄松堂の出版姿勢は高く評価されるべきであり、その叢書に創作上多くのものを得ている私は深く感謝している。むろん私が入手し読んでいるのは、小説として書いた異国人との接触で起った出来事にかぎるが、その出来事が「新異国叢書」に収められた書物で多彩な世界がひらけている。
 「新異国叢書」第I、II輯につづいてさらに第III輯が刊行されるという。どのような書物が出るのか見てみると、ドゥフの「日本回想録」以外、私にとって著者は未知、またはそれに近い人で、これまでの乏しい経験からして、このような著者の記録は新鮮で魅力にみちたものであることはまちがいない。江戸期から明治にいたる日本の姿が、これらの書物により鮮明に写し出されているのだろう。これらの書物の刊行は、日本にとって大きな宝となって遺されることはあきらかだ。


次へ

戻る][新異国叢書のトップへ