新異国叢書第III輯「マローン 日本と中国」H.マローン 著 眞田収一郎 訳)書評
(週間読書人 2002年7月19日 付)

150年前の日本 -日本人が思ってもいない考え方が頻出- 金子民雄


 今年、雄松堂創業70周年を記念して、第III期の「新異国叢書」(全10巻)が刊行され始めた。このシリーズの特色は、外国人の目を通した日本紹介で、いずれも19世紀中葉から20世紀初めにかけてのものである。

 この第2巻に当る「日本と中国」(1863年、ベルリン刊)は、日本初紹介なので、多分、知っていた人は極めて少ないことだろう。著者のヘルマン・マローンは、1860年、プロイセン(ドイツ)政府が江戸幕府との条約締結のため、極東に派遣したオイレンブルグの肖像オイレンブルグ東アジア遠征隊に同行。本書はその際の、個人的な紀行である。マローンは農政学者として、日本と中国の農業事情、とくに当時の重要な交易品である絹生産の現地調査が主目的であった。

 絹自体がすでにそうなように、いまから150年も昔の日本の実情などすでに時代遅れであり、もうたいして意味のあるものと思わないかもしれない。しかし、日本人が思ってもいない考え方が随所に頻出し、改めて驚かされるのだ。同じオイレンブルグの遠征隊に同行して日本にも来たリヒトホーフェンや、アメリカのパンペリーといった自然科学者の日本観とはまったく異なっていることに、われわれもこれを批判するのでなく、謙虚に彼の観察や見解に耳をかしてもよいのではあるまいか。

 彼は、日本人は性格的には冷静かつ思弁的だが、芸術家ではないし、彼らに詩はなく、音楽も、絵画もなく、あるのはただ技巧作品のみだという。切腹するような国民が詩的国民であるはずがないとまで、断言する。日本というのは文明と未開とが平行して並んでいる国で、しかも他民族の血が入っていないから、同一民族が孤立して島嶼の中で生殖し続けている、近親相姦の民族だと見ているようだ。他国民から見れば、そう映るのだろう。この辺りが、現在でも難民の受け入れを拒否する根源だと、思われる所だろう。

 次に、日本の歴史は不毛の荒野を行くようで、日本人はおとなしく、礼儀正しく、盗みも、つまみ食いもしない。本人はともかく幸せそうで、満足しきっている素振りをしている。字の読めないものはいず、娘の値段は本の定価より安い。日本人の満足度はせいぜいこんなところで、愚鈍にすぎないと断ずる。さらにこうも言う。日本はスパイ社会だから、罪を犯す人がいず、そのため隠しごとが多い。これが危険な人を作り、つねに大嘘つきだ。そして日本の社会生活の中に宗教が入っていないという辺りで、少し彼の論旨に疑念が湧いてくる。

 マローンは、プロセイン遠征隊アルコナ号日本人は芳香というものを知らない、日本に生えている花や木や果物に香りがないという。彼は植物学の専門家であったのだから、これはどうなっているのだろう。日本文化に、西欧にない茶・華・香道というものが存在することなど、彼には思いも及ばなかったのだろう。日本人に体臭というものがないことが、彼にはもしかすると人間と思えなかったのかもしれない。

 マローンは日本から中国に渡り、中国人のあまりな性格のひどさ、どこもかしこも汚穢と悪臭の漂う現実に直面して、日本人観をいくらか再認識したらしい。日本人は最高に清潔で、優美で、技術と節度に対する感情があるという。しかし、これは彼だけでなく、当時一般のドイツ人のアジア人観に通じるものだろう。のち一世を風靡する黄禍論の下地も、こんな所にあったのだろうかと、端なくもその片鱗を垣間見る思いだった。よい古典がよい時期に翻訳された。



金子民雄(かねこ・たみお)氏
歴史家・アジア史専攻。シルクロード研究家。
著書に『シルクロード紀行 1』『アフガンの光と影』『中央アジアに入った日本人』『ヘディン著書目録』『西域 探検の世紀』他多数。


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