新異国叢書第III輯「マローン 日本と中国」(H.マローン 著 眞田収一郎 訳)書評

今年、雄松堂創業70周年を記念して、第III期の「新異国叢書」(全10巻)が刊行され始めた。このシリーズの特色は、外国人の目を通した日本紹介で、いずれも19世紀中葉から20世紀初めにかけてのものである。 この第2巻に当る「日本と中国」(1863年、ベルリン刊)は、日本初紹介なので、多分、知っていた人は極めて少ないことだろう。著者のヘルマン・マローンは、1860年、プロイセン(ドイツ)政府が江戸幕府との条約締結のため、極東に派遣した 絹自体がすでにそうなように、いまから150年も昔の日本の実情などすでに時代遅れであり、もうたいして意味のあるものと思わないかもしれない。しかし、日本人が思ってもいない考え方が随所に頻出し、改めて驚かされるのだ。同じオイレンブルグの遠征隊に同行して日本にも来たリヒトホーフェンや、アメリカのパンペリーといった自然科学者の日本観とはまったく異なっていることに、われわれもこれを批判するのでなく、謙虚に彼の観察や見解に耳をかしてもよいのではあるまいか。 彼は、日本人は性格的には冷静かつ思弁的だが、芸術家ではないし、彼らに詩はなく、音楽も、絵画もなく、あるのはただ技巧作品のみだという。切腹するような国民が詩的国民であるはずがないとまで、断言する。日本というのは文明と未開とが平行して並んでいる国で、しかも他民族の血が入っていないから、同一民族が孤立して島嶼の中で生殖し続けている、近親相姦の民族だと見ているようだ。他国民から見れば、そう映るのだろう。この辺りが、現在でも難民の受け入れを拒否する根源だと、思われる所だろう。 次に、日本の歴史は不毛の荒野を行くようで、日本人はおとなしく、礼儀正しく、盗みも、つまみ食いもしない。本人はともかく幸せそうで、満足しきっている素振りをしている。字の読めないものはいず、娘の値段は本の定価より安い。日本人の満足度はせいぜいこんなところで、愚鈍にすぎないと断ずる。さらにこうも言う。日本はスパイ社会だから、罪を犯す人がいず、そのため隠しごとが多い。これが危険な人を作り、つねに大嘘つきだ。そして日本の社会生活の中に宗教が入っていないという辺りで、少し彼の論旨に疑念が湧いてくる。 マローンは、 マローンは日本から中国に渡り、中国人のあまりな性格のひどさ、どこもかしこも汚穢と悪臭の漂う現実に直面して、日本人観をいくらか再認識したらしい。日本人は最高に清潔で、優美で、技術と節度に対する感情があるという。しかし、これは彼だけでなく、当時一般のドイツ人のアジア人観に通じるものだろう。のち一世を風靡する黄禍論の下地も、こんな所にあったのだろうかと、端なくもその片鱗を垣間見る思いだった。よい古典がよい時期に翻訳された。 |
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金子民雄(かねこ・たみお)氏 |
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