新異国叢書第III輯「バード 日本紀行I.L.バード 著 楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子 訳)書評
(図書新聞 2003年2月22日 付)

並はずれて鋭敏な観察力と的確な表現力-ヴィクトリア時代の「レディ・トラベラー」、バードの日本旅行記 安川隆司


 大英image帝国の最盛期、ヴィクトリア時代の「レディ・トラベラー」を代表する人物イザベラ・バードによる日本旅行記である。原題は、Unbeaten Tracks in Japan であるから、直訳すれば、『日本の未踏路』ということになろうか。アイヌ部落探訪記はつとに定評を得ている。

 『未踏路』には既に数種の日本語訳がある。先行訳はいずれも全訳ではない。本書もまたしかり。しかも、先行訳の単なる改訳ないし新訳であるわけではない。先行訳との重複は無いのである。そうした事情もあって、既存の訳書との関係をある程度知っておかないと、本書の存在意義を掴みそこねることになりかねない。

 バードは生涯に何度か日本を訪れている。『未踏路』に描かれているのは、1878年の日本滞在時の見聞である。彼女はその年5月に横浜に着き、東京を起点に、日光から新潟へ廻り、出羽路を経て、北海道に至る陸路を約3ヶ月をかけて踏破した。一度東京に戻った後、10月に今度は海路神戸に至り、京都、伊勢、大阪を歴訪している。つまり、大きく分けて、二回の旅行をしているわけである。

 1880年に二巻本として刊行された『未踏路』は、二度の旅行とその前後の東京滞在の記録、数編の覚書、それに諸制度に関する一般的な解説から成り、本文に加えて、アイヌ語の語彙集や貿易統計といった資料類が付録として添付されている。初版はかなりの成功を収め、image5年後には一巻本の普及版が出版された。普及版は最初の旅行を中心に編集したもので、関西紀行や付録などかなりの部分が省かれた。“Unbeaten Tracks”が西洋人にとっての未踏地踏破を示唆するとすれば、北日本紀行こそがタイトルにふさわしい内容だという判断が働いたものであろう。従来の邦訳はいずれもこの普及版の収録範囲を訳出したものである。

 本書の訳者によると、原著の普及版とそれに基づく既存の邦訳のために「『日本奥地紀行』[高梨健吉訳の書名]=北海道・東北旅行記という固定観念が生まれ、いくたびかステレオ・タイプの言説が繰り返されてきた」という。訳者の意図はこの固定観念を是正することにある。そのために訳者が探った方法は、当然のことだが、普及版で省略された本文の復元である。本書のタイトルを、『日本奥地紀行』でも『日本の未踏路』でもなく、あえて『日本紀行』としたことにも、訳者なりの積極的な意味がこめられていると見てよい。 初版の全訳が実現しなかったことは惜しまれなくもないが、周到にバード研究史に拠って選択された訳者の方針は正当に評価されるべきであろう。

 とは言え、率直なところ、大方の読者には研究史への配慮など関心外のことにちがいない。だが、心配は無用。本書はまったく予備知識の無い読者にとっても十分な魅力を持ち合わせている。

 バードの並はずれて鋭敏な観察力と的確な表現力は、1878年現在の日本をきわめて忠実に保存している。明治の人、街並み、鳥獣虫魚。彼女の描写の迫真さは、こう書いては語弊があるかもしれないが、不気味なほどである。活字を追いながimageら、私たちは、画像・映像を見るのと同じ刺激を受けることになる。ちょうどセピア色の古写真を眼にする時のような感覚と言ったらよいであろうか。しかもそれらは、具象に関する叙述に限らない。抽象論や自身の内面描写がからむ時、バードの筆はいよいよ冴え渡るのである。圧巻は、京都で西本願寺の「英語を話すお坊さん」と散策しながら問答を交す場面で、二人の会話と情景描写がなんとも効果的に配されており、思わず知らず引きずり込まれてしまう。バードがそこで経験した時ならぬエクスタシーを私たちも追体験させられるのである。

 近年、原語の著作集が刊行されるなど、バードは没後約一世紀を経てなお新たな読者を獲得しつつある。本書を読むと、彼女の持続的な人気の所以がわかるような気がするのである。



安川隆司(やすかわ・りゅうじ)氏
東京経済大学助教授


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