雄松堂書店出版事業部国語・国文学>夏目漱石落款集成

漱石山房原稿の枠

漱石生誕140年を記念して漱石ファンに贈る珠玉の一冊

夏目漱石落款集成


A4 判 袋綴じ上製 クロス装 無双帙入

ISBN 978-4-8419-0457-4

定価:29,400円(本体28,000円+税)

夏目家に伝わる漱石愛蔵の印章五十八顆の印影を複製

1999年、夏目家より遺品類とともに神奈川近代文学館に寄贈された数々の印章は、夏目漱石が漱石山房にて日常座右に置いて愛玩し、書画の落款として、あるいは蔵書印や書籍の検印として、実際に用いていたものです。認め印も含めて総数58顆(うち緑印1顆)にもおよぶこれらの印章を印譜として集成しました。自らも書画をたしなみ、常に傍らに印章を置いていた文人漱石の美意識とこだわり、遊び心がうかがえる落款集成です。


夏目漱石の印
漱石之印の印
木村芳雨作。
左/「夏目漱石」。鈕(ちゅう)(つまみ)は兎をかたどったもの。卯年生まれの漱石による下絵を元に製作。この年、漱石は年男だった。
右/「漱石之印」鈕は鳳凰。生まれ年から数えて7番目の干支の動物を身につけると縁起が良いという言い伝えによる。
印は人なり、人は印なり
破障子の印
「破障子」/胃病や痔に苦しみ「よく瓦斯が出るのですが、それが誠に妙な音を響かせ」ていたの「破れ障子の風に鳴る音」と言われたのを面白がり、印に刻ませたといわれる
58顆の印章 漱石山房の印
総数58顆の印章
「漱石山房」の印

唐茄子の蔕で作られた印
唐茄子の蔕で作られた印1 唐茄子の蔕で作られた印2 唐茄子の蔕で作られた印3
唐茄子の蔕で作られた印
三つ組み。この印材は野上豊一郎から得たものと思われる。

漱石山房書斎にて
夏目漱石について(1867年2月9日[慶応3年1月5日]-1916年[大正5年]12月9日)

明治・大正期の小説家、評論家、英文学者。本名、金之助。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)の生まれ。東京帝国大学文科大学英文学科を卒業。東京高等師範学校、松山の中学校で教鞭を取った後、二年間イギリスに留学する。帰国後、小泉八雲の後任として東京帝国大学で教鞭をとるかたわら、作品を雑誌に発表し始める。「文学論」を完成させたのち帝大を辞し、朝日新聞社に入社。新聞小説を連載し好評を博す。明治四十三年、持病の胃潰瘍が悪化し、修善寺に療養する(修善寺の大患)。その後持ち直し、「こころ」「道草」などの作品を発表するが、大正五年十二月、「明暗」執筆中に胃潰瘍のため他界する。享年四十九歳。ほかに、『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『草枕』『虞美人草』『夢十夜』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』などがある。

印の一つ
漱石山房書斎内部(1917年)

多数の代表作がここから生まれた。
漱石没後も、遺族らの手によって生前のままにととのえられていたという。
その後、戦災に遭い消失したが、ここに写っている家具調度・文房具の多くは東京・池上に移されていたために無事だった。それが一括して神奈川近代文学館に寄贈された。文机の上には銅印(本書収録21、22番)が、後ろの硝子戸棚の上に漱石山房(同1)が見える。

漱石山房原稿用箋をかたどった枠
橋口五葉デザインの、漱石ファンには親しい漱石山房原稿用箋をかたどった枠のなかに印影を収めました。
貴重な実押印一枚つき
「文学評論」(明治42年 春陽堂発行)の前扉に刷られていることで知られる「漱石山房」(本書収録1番印)一枚の実押貼り込み付き。落款印の保存のため、今後押捺されることはありません。
夏目房之介氏のエッセイ、紀田順一郎氏による解説
夏目房之介氏のエッセイ「漱石と書・落款」と紀田順一郎氏(神奈川近代文学館長)による解説「漱石の文人生活と落款の意義」を収録。各印章の用途、篆刻者、文言の由来などを紹介しています。

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