■マーブルペーパーと墨流し
 

Frigge, Karle,-Marbled Landscapes.
Buren: Frits Knuf, 1988 (Decorated Papers vol I.)刊より(表紙)

溶液に流した絵の具を写し取ることで、大理石の表面を模倣した模様を作り出す技法、マーブリング(marbling)をご存じでしょうか。この技法を用いたマーブル紙は洋古書の見返しや書籍の小口装飾などに多く用いられているので、洋古書に親しんだことのある方でしたら一度は実物をご覧になったことがあるかも知れません。


しかしその歴史はどうにかすると、ヨーロッパで流行したこともあって、一般にマーブル紙はヨーロッパではじまったと誤解される傾向があるようです。


F.ベーコンは著書"Sylua. Sylalum"(1621年刊)の中で「トルコ人は我々にはない紙に模様をつける技法を有している。これは油性絵の具を水面に流して軽く混ぜ、厚手の紙に吸着させるもので、この技法によって紙には波や縞の模様がついて大理石(marble)のようになるのである。」と述べています。


上記のようにヨーロッパ人がマーブル紙を知ったのは16世紀のころで、そのころは「トルコ紙」と呼ばれていました。トルコやペルシャではすでに15世紀ごろからこの紙は重要な公文書に用いられ、ヨーロッパでも初期にはそのように使われていましたが、本に使ったものがペルシャからヨーロッパに入り、17世紀から徐々にヨーロッパで本の見返しや表紙に使うようになったとされています。


さて、マーブリングの作り方について説明させていただくと、ベーコンによれば「水面に油性絵の具を流して・・・」ですが、ゴムの溶液に水彩絵の具を流すことが一般的な工房では行われています。油性絵の具を使うこともできますが、水彩に比べると扱いが難しく、はっきりしたラインを描くことが出来ないためです。ゴム溶液はトチャカ(アイルランド苔:Charragreen moss. Irish moss)・アラビアゴム(gum arabic)・トラガカントゴム(gum tragacanth)などに、にじみ止めのための陶砂(どうさ:みょうばんを溶かした水ににわか液をまぜたもの。墨絵の具のにじみを防ぐ)を加えて煮つめて作ります。この溶液を濾過し、浅い水盤に注いで、その表面に牛の胆汁をまぜた専用の水彩絵の具を流します。細い先のとがったひっかき棒や、ひっかき櫛などで模様を描くようにかき混ぜた溶液面に、色止め料を吸わせた吸収性のよい紙を浸して色を吸着させ、溶剤を水で洗い流すとマーブル紙が完成します。

Williams, Helen Maria
Paul and Virginia.
London, 1828刊より


マーブリングは材料や、混ぜ合わせるひっかき棒や櫛の種類をかえることにより、意図的な模様を作り出すことが可能です。ストーン、孔雀、かたつむり、雲、花束、トルコ風、フランス風、ドイツ風など、模様に多くの呼称があります。この模様づくりの技法は秘法とされ、それぞれの工房で独自のものをつくり出していました。しかし、同時にマーブリングは、水の状態、水の成分、室温、塵埃、顔料、紙など、多くの要素が微妙な影響を及ぼすので、同じものを作ることの出来ない偶然性の強い芸術品です。つまりこの偶然性がマーブル紙の魅力を高めている、ともいえるのです。



ここで、水面に墨を流しその模様を紙に写し取る“墨流し”を連想される方も多いのではないでしょうか。しかしその“墨流し”がマーブリングよりずっと古い、1000年以上の歴史を持ち、さらにその起源は意外にも極東の日本にあることを聞くと、皆さんはきっと驚かれるに違いありません。ある著名な造本装幀家は「日本には、マーブル紙の起源といえる墨流しの技法が9世紀からあり、この極東の装飾技法がシルクロードを通ってひろがり、トルコからイタリアを経てヨーロッパに根付いたのである」と述べました。あくまでも一つの見解ですが、洋書の見返しに使われている美しいマーブル紙の起源が、私達の祖先がつくりだしたものという思いを寄せて鑑賞すると、また違った魅力が見えてくるかもしれません。


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