Introduction of the Book

◆最初の署名本『暗夜行路』(前編)

暗夜行路 最初私は志賀直哉の『暗夜行路』前篇(新潮社)と第一創作集『留女』(洛陽堂)を持っていった。「憐れな男」「謙作の追憶」─つまり前篇の末尾と冒頭─が先に短編として発表され、その間に長編としての『暗夜行路』構想メモも書かれ、それらをあらためて合体、『暗夜行路』なる表題も定着、総合雑誌「改造」に連載小説として世に送り出されたのが1921年(大正10年)1月から8月までであった。その翌年7月に、犬養健の題簽で、箱つき、布製の堅牢な単行本として新潮社から上梓された。志賀さんは私の差し出した自分の本を眺め、一気に、扉に、太い万年筆で ─「哉」のタスキをある時期からうるさい感ありと思い、タスキのない にしていた。タスキがなくても間違いではなく、中国の法帖などにはよく出てくる─ と大きく書き、その右上に、君の「こう」は「クレナイ」だったねと云いつつ、「紅野敏郎様」とこれまた大きく書いて下さった。「武者小路実篤兄に捧ぐ」という献辞のあるこの『暗夜行路』前篇は、母と祖父との間に生まれた不義の子「時任謙作」という虚構を設定、その謙作の出世の秘密を知ってからの苦悩とデカダンスのありようを描きつつ、性の暗夜が前面に押し出され、短編の連鎖となっていて、ストーリーそのものよりも、力強いワンカット、ワンシーンの描写があり、夜があれば必ず朝があるという向日性にも支えられていた。



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