■その当時の本、多くは初版本でしょうけれど、作家が装幀、その他本を作る過程において深く関わっていたので、そうお考えになるのでしょうか。
それも一つにはありますが、それは作家の面からの考え方ですね。装幀とか文字の組みかたなどを自分の信頼する人に任せる、あるいは自分でアイデアを出して、こういう風にしてくれと頼む形もあったでしょう。今日のように出版社お抱えのブックデザイナーを使って、ぱぱっとやるというやり方ではないことは確かですよ。漱石も今の文庫本で読むのではなく当時の本で読んでみると全く違う読み方が出来る。文庫本は出版社が広い読者層を想定しているわけだから、時代の認識が非常にあいまいで「ずれ」が生じてきます。それでは時代の中のその作家というイメージがわいてこないでしょう。漱石は橋口五葉や津田青楓らに装幀を頼んでいるし、有名な「こころ」の初版の装幀は自らのアイデアを取り入れている。本文の内容だけでは伺い知ることの出来ない微妙な問題が、当時出た単行本からかぎとれるのです。
もうひとつ当時の本にこだわる理由は、その時代を本当に理解するには、横軸にそって見なくてはならないということです。例えば大正10〜15年の間に他の作家達はどういう状況であったか、出版社はどういう重要な働きかけをしていたのか・・・そういうことを知り、時代に帰るためには、当時出ていた本を手に取って見なくてはならないと思うんです。
■本の内容だけではなく本全体から、その当時の状況に近づくということですか。
そうですね、例えばこの「暗夜行路」(全編)、これは昭和18年の11月に出版されたものですが、この時期はもう末期的な戦時下で日本の敗戦色が濃くなってきたころですね。こういう時代に、こんなにしっかりした造りの豪華本はほとんど出てない。
■敗戦間近に、「暗夜行路」という本がこんなにりっぱな形で世に出たことは、何か意図めいたものがあるのかもしれませんね。確か「暗夜行路」はこれが初めて一冊の単行本になったものなんですよね。
「暗夜行路」は前編が刊行され、以後なかなか書き進められなくて、10年かかって断続的に発表していたんです。日本が戦争へと向かっていく時代に書く気にならなかったのでしょうが、昭和12年、最初の志賀直哉の全集の出版に合わせ、最後の章「大山の夜明け」を書き下ろしたのです。それを全集の中に前篇、後篇として入れてしまったので、最初の前、後篇をあわせた単行本としての「暗夜行路」は18年に出版されたこれですね。
■挿絵、見返しも全てフルカラーの綺麗な印刷ですね。とても戦中とは思えない。
挿絵も小林をはじめ梅原龍三郎、榊原紫峰、などの面々に書いてもらってますね。この小林古径の題簽は銀を使ってますね。座右寶という特殊な本屋から限定本、特殊本として出版している。