■先ほどの「暗夜行路」の題簽も古径が書いてますし、この「映山紅」は小林古径宛てに署名がされていますが、志賀直哉は古径のような芸術家と深い関わり合いがあったのでしょうか。
古径の画集の推薦文などを書いていることでもわかるように、密接な親交があたったんですね。志賀本人も古径に関して「絵も好き、字も好きだが、人間としても好きだ」と言ってます。古径が志賀直哉と深い関係があると知っていたので、この「映山紅」は多少高価なものだったが購入しようという気になりました。これが普通の親戚に贈った本であったのなら買わなかったでしょう。日本画は小林古径、洋画では梅原龍三郎が志賀直哉と深い親交があり、一番自分の本に協力してもらった画家じゃないかな。外国人ではバーナード・リーチがいます。
■そうやって昔の作家はお抱えというわけではないですけど、親交のある画家に自分の本を装幀してもらうということがよくあったということですか。
そうですね、夏目漱石の場合は橋口五葉や津田青楓。『道草』や『明暗』などは津田青楓がやっていますね。谷崎潤一郎などは『蓼喰う虫』では小出楢重だし、『少将滋幹の母』は小倉遊亀、『瘋癲老人日記』は棟方志功に協力をしてもらっている。本でその作家と芸術家の交流が見えてきますね。とくに小林古径と志賀さんの交流は両者の作品を見てもよくわかる気がします。古径の絵は非常に引き締まった線で描かれていて、淡泊で品位がある。なにか志賀直哉の文体と通ずるところがあると思いますね。反対に小出楢重は大阪出身の画家なんですが、裸婦像を見ても解るように、非常にこってりした絵を描く人で、これもまた谷崎の文体と合ってますね。本の形と内容が文体やテーマと合っているのが望ましいと思うので、ここに持ってきた本はそういった意味も含めて選んだのです。
■最近の作家はそういう意味で装幀に深く関わることが出来るのでしょうか。
今は出版社に任せてしまう作家が大部分ではないでしょうか。かつての時代の作家は出版社と装幀者と三つどもえになって、いい本を造るために努力していました。たくさん売れるということをあまり考えていなかったんです。