■最後に志賀直哉に関して少し質問をさせていただきたいのですが・・・お会いした晩年は実に晴朗、快活であったというお話ですが。
そして迷いがなかったですね。先ほど「枇杷の花」の編集に関わらせていただいたと申しましたが、装幀をどうしようかという段階で、僕が題簽は久しぶりに梅原龍三郎さんに頼んでみてはと提案したら、志賀さんは、ああ、そうだな、とすっと立って電話をかけ、「梅原、今度『枇杷の花』という本を出すんだが字と装幀頼むよ」とその場で取り決めてしまう。そうだなと思ったら行動に移す。その間のためらいがない・・・。これは直感といっていいことだけれど、つまりその直感が大きな意味や働きを持つということですね。
■それは志賀直哉の生来の気質のようなものなのでしょうか。
そうですね。書いたものの中にもはっきり出てくる。「暗夜行路」後篇のはじめの記述なんですが、はじめて主人公の「時任謙作」が京都で「直子」を見たとき、「とても健康そうでふっくらとして・・・」大変印象に残った。宿に帰ってもう一度会ってみたいと思ったら、すぐに下駄をひっかけて行動に出る。そしてもうこの人はと思ったら、プロポーズですからね。自分の直感と肉眼とを信じていたんでしょうね。美術でも同じですね。美術展の会場でいいと思ったらその一点しか見ない。後は見ないで出てしまう。我々など「せっかくだから」と一点一点立ち止まって鑑賞する。彼の場合、完全に自分の肉眼と行動が一致していましたね。勿論直感を間違えたらそれは大変なことになってしまいますが、それで通すというのも僕は非常にいいことであると思います。まあその直感の中には色々な才能、知識が混在しているのでしょうが・・・実際、何もかも・・・知識、才能が飛び抜けて優れているからということとは別に、自然にそうした行動ができるということが、僕など戦後生活していく上でひとつの理想的な基準になりました。今まで国家の要請でいろいろな事を信じ込まされて、それが敗戦となるとすべて覆ってしまったわけですから。その時に一番大切なのは自分の感性であるということで、他からの要請ではないと考えたんです。私の信頼する作家はほとんどその流儀ですね。
■でもそうした、先生の文学研究の指針となった志賀直哉と出会い、長い親交を結ぶことができ、その時の思い出の本となるとそれは大切なものでしょうね。
ええですから今回1冊といわれても困ったわけで、5冊紹介させてもらったわけです。僕としては本はこういった形で何冊かを束にして、はじめて思いが籠もるものなんです。
■どうも長い間ありがとうございました。