Henry J.S.Pryer "Rhopalocera Niphonica" (1886-89)
(プライヤー『日本蝶類図譜』)

小西 正泰

 私は生来の虫好きで、小学校入学前から将来は昆虫学者になろうと固く心に決めていたし、両親もそれに大賛成であった。
日本蝶類図譜 敗戦の年(1945)の秋のこと、5月末の東京大空襲のとき赤坂で焼け出されたため、母や兄弟と栃木県に仮寓していた私に、東京で会社勤めの父がプライヤー著『日本蝶類図譜』(1935、植物文献刊行会)という復刻版を古書店で見付けて買ってきてくれた。当時としてはかなり高価(50円?)であったと記憶している。昆虫関係の本は標本もろとも焼失して意気消沈していたときだけに、とても嬉しかった。
 この復刻版は500部限定であり、九州帝国大学の江崎悌三教授の詳細な解説が付されている。私はこの解説を読んで、その博識に驚嘆し、同氏に畏敬と憧憬の念を抱くようになった。そして、後年『江崎悌三著作集』全3巻(1984、思索社)を上野益三長谷川仁の両氏と共編し、解題を分担する端緒ともなった。

 さて、ここからが本論である。原著者プライヤー(プライアー。Henry James Stovin Pryer, 1850-88)はイギリス人で、1871(明治4)年頃来日して横浜に在住し、火災や船舶保険の代理店などに勤め、同地で病死した。墓は「横浜外人墓地」にある。同氏は蝶の研究(採集と飼育)や鳥の研究(分布など)に強い興味と深い造詣を有していた。
 プライヤーは日本産の蝶類図譜を自費出版すべく、日本人画家金子政次郎水野信に原色図を描かせ、みずから英文で解説し、その邦訳を付した。用紙は上質の鳥の子紙を使い、製版と印刷は東京の築地活版印刷所で行われた。本文の印刷はJapan Mail 社で引き受け、3分冊として刊行された。発行部数は200部以内であろうという(江崎氏の解説)。
もんしろ蝶 第1分冊は1886年、第2分冊は1888年、第3分冊は1889年に刊行された。プライヤーの生前に発行されたのは第1分冊のみで、残りは横浜在住の英米人の協力により編集され、どうにか完結することができた。価格は各分冊とも4円、計12円(外国へは12ドル)で東京の丸善でも販売された。当時、この価格は高価であったため、熱心な昆虫少年などは東京・上野の博物館や図書館で借覧したり、写本したりしたという苦心談が、しばしば書き残されている。私の手もとにも、図(彩色)の写本が一点ある。
 採録した蝶は137種で、当時の日本の同好者は本書中の種類の番号を暗記して同定の助けにしたという(たとえばモンシロチョウは13番)。ちなみに、本書の図版は、のちに印刷所から第3回内国勧業博覧会(1890)に出品されて3等賞を得ているから、その出来栄えのほども察知できよう。

 私はかねてこの本の原著の入手を切望していたが、いつも古書目録を送ってくれるオランダのユンク古書店 (Antiquariat Junk) の目録(1975)中に本書を見出したので、早速注文したところ幸い手に入れることができた(1冊に製本)。
 その本のトビラには「J.SCHEDEL」「ヨセフ、シェーデル」を併記した朱の蔵書印が押されていた。そこで、この人物について調べてみると、Josef Schedel(ヨセフ・シェーデル)はドイツ人薬剤師(ノーマル薬店主)で、1885年に来日して日本の蝶や蛾を採集し、高名なドイツ人昆虫学者(医師)A.ザイツ (Adalbert Seitz, 1860-1938. 1891年来日)に提供していたことなどがわかった。
 すなわち、シェーデルプライヤーの本の揃いを日本で入手して本国に持ち帰ったものがユンク古書店の手に入り、それを私が「逆輸入」したということになる。この原著の着色図を上述の復刻版と比較すると、やはり元版の方が色調がよい。ちなみに、本書は近年、白水隆博士の校訂を加えて科学書院からも復刻された(1982)。今日でも需要があるということであろう。

 この本は日本で最初に出版された昆虫図譜であり、その著者がアマチュア外国人であるということにも意義があると思う。また、プライヤーはチョウの季節型(彼のいう「温度型」)に興味を持っており、キチョウツマグロキチョウの分類を飼育実験により正しく整理した。それまで,これらのキチョウ類の季節型には、いろいろな種名(学名)が付されていたのである。
ルーミスシジミ さらに、虫友のアメリカ人宣教師 H. ルーミス (Henry Loomis, 1839-1920) が千葉県鹿野山で採集し、プライヤーに見せたシジミチョウを新種として、その学名(種小名)にルーミスの名を献じて "loomisi" と命名した。ただし、その後この種名は他種の亜種名として扱われているが、和名「ルーミスシジミ」にその名をとどめている。

 最後に本書の大きさおよび本文ページ数(3分冊分の合計)を記しておく。
 彩色図版10枚、英文35ページ、和文66ページ。
 大きさ 約24×31cm[Quarto (Roy)]


 余談ながら、私は昆虫をはじめ内外の博物書を集めており、庭に書庫を三つもっている。私自身も1999年2月末に、日本の昆虫書の書評(100冊分)を書き、さらに江戸〜現代までの書誌(約1,300冊)をまとめた『昆虫の本棚』(八坂書房)を刊行した。


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