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ほんの世界はへんな世界 第十二回 |
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TAKAMIIYA ESSAY ON BOOK (XII)
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モホリン製本
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ブックルームには雑多な古書が並べられていたが、付けられた値は総じて低かったから、私の古書仲間はよく通っていた。近くの古書業者が「あいつは養う家族が誰もいないから安くできるんだ」とうそぶくほどだった。現在はトリニティ・コレッジ図書館長のデイヴィッド・マキトリック博士や大学図書館のNo.2だったデイヴィッド・ホール氏なども、30歳を過ぎたばかりの収集家だったが、よくこの店で鉢合わせしたものだ。私たちは、昼食はサンドイッチで済ませ、残りの昼休みは書店から書店と飛び回るオタクだった。
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あるとき、ここで珍書を入手した。戦前のわが国でも江湖に迎えられた詩人ウォルター・スコットの『湖上の美人』に、挿絵としてたくさんの風景写真を貼りこんだ詩集で、1871年にエディンバラで出版されたものだ。別に値のはる初版でもなく、手沢本でもなかった。私の目を引いたのはその製本だった。表表紙の中央には、スコットの肖像が組み込まれ、裏表紙の中央にはエディンバラの目抜き通りに立つスコット記念碑の写真を配していた。地は緑のタータン・チェックで、表表紙にはそのタータン模様が許されたハイランド氏族名のひとつ、Forbesという苗字が金で打刻してあった。さらに、裏表紙の左上には、四方に置かれていたであろう貝殻製の鋲のひとつが残っていた。赤い革の背には、緑色の盾があしらわれ、中には作品名とスコットの名が金で印字してあった。しかも三方金だったから、製本された当時でもかなり値段の高いギフト・ブックだったと考えられる。それが証拠に、見返しには「心をこめてフォーブス夫人へ、1886年9月」というペン書きの献辞が添えられている。フォーブスといえば、あの経済雑誌で名高いフォーブス家を思い浮かべるが、長い家系図のどこかに位置するのであろう。
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ヴィクトリア朝の版元製本は、材料からデザインに至るまで多種多様だった。折から進行中の産業革命の影響で、蒸気機関を用いた製本プレスが可能になったため、大胆な製本の形式が生まれた。慶應での展覧会でも、こういった例をパピエ・マシェ製本、レリーヴォ製本から取り上げることにしたが、ここで思い出したのが30年も前にケンブリッジで購入したモホリン製本だった。 展示は5部門に分けたが、モホリン製本を担当したのは博士課程のTさんだった。家族そろってアンティーク趣味をもつ彼女にはうってつけと思われた。Tさんは早速モホリン細工の本を購入して調査を始めた。これは18世紀末に発明された蝶番つき嗅ぎタバコ入れの細工に由来する。木製の嗅ぎタバコ入れの表面にペンで装飾を描き、ニスで何度もコーティングしたものが、モホリン細工の嚆矢だった。この技術はスコットランド北東部から発生し、南西部に到達し、モホリンで栄えた。モホリン細工はすべて木製で、普通スズカケノキが使用される。嗅ぎタバコ入れ、紅茶箱、針箱など蝶番を用いたものから始まって、あらゆる小さな製品に発展したこの細工は、今日多くの収集家を魅了しており、1986年にはモホリン細工コレクターズ倶楽部が設立されたほどである。Google imageでMauchline wareの検索をかけると、驚くほど多様な例をカラー写真で見ることができる。 幸いヴィクトリア朝の版元製本については、近年収集家や研究者が増えてきたせいか、参照すべき参考書も多い。特に今回役立ったのは、この領域の研究パイオニア、ルアリ・マクリーンの『ヴィクトリア朝の布と革の版元製本』(1974)とエレン・K・モリス、エドワード・S・レヴィン共著の『版元製本の芸術1815-1915』(マクリーンの序文つき、2000)だった。両方ともモホリン製本の例を挙げている。 1月19日から3週間にわたって開催した展覧会は、今までのギャスケル蔵書に関する催しとしては、もっとも好評を博した。400部印刷した目録はほぼなくなってしまったが、幸いインターネット(http://www.mita.lib.keio.ac.jp/archives/exhibit/)でカラー版を見ることができる。
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面白い現象も見られた。会期中に東京製本倶楽部の面々がギャラリー・トークを聞きに来られたが、誰もモホリン製本について知らなかった。慶應で教えているスコットランド系のイギリス人教員も誰一人として見たこともないし聞いたこともない、と言った。1933年に火事で工場が焼けてしまい、この技術の伝承が途絶えてしまったのも一因だろう。1月初めに慶應に講演にやってきたグラスゴー大学の英語学の教授も、聞いたことがなかったという。スコットランドからの土産は何がよいか、という教授のメールに対して、何かモホリン細工があれば貸してほしいと返事したところ、ダイスの壷ふりを持参してきてくれた。教授が奥さんに言われて大きなアンティーク店に行ったところ、キャビネットにモホリン細工が並んでいた。その中からこれを選んで、店主に「土産にするから」と言ったところ、「日本に持っていくのか」と聞かれたという。さすが、もうわが国にはコレクターがいるらしい。 |
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