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雄松堂>ほんの世界はへんな世界 第14回

本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学文学部高宮利行教授(イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士)は、古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任してきました。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第十四回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (XIV)
神保町の古書店は元気です

ベーオウルフの鬼退治
 5月19日・20日の両日、三田の本校では日本英文学会の第79回全国大会が開催された。実は今を去ること36年の昔、私が助手になりたての1971年に43回大会が三田で開かれて以来である。当時は大学紛争の真っ只中で、いつもの5月ではなく12月に開催せざるを得なかった。
 20日の午後、私は特別講演をさせていただいた。誰にでも分かる話をと思い、「中世と中世主義を超えて」という題を選んだ。専門分野に閉じこもるのではなく、日本人がやる英文学研究にはそれにふさわしいことがあるのではないか、というメッセージを伝えたかったのである。慶應義塾大学のキャンパスは三田綱町と呼ばれた一画にあったのをよいことに、羅生門で有名な渡辺綱がここで生まれたとされることから始め、英語最古の叙事詩『べーオウルフ』の前半部分の怪物退治が綱の鬼退治と似た点があること、そしてその類似点に最初に気づいたのは日本人ではなく英国人で、1901年だった、といった話を、パワーポイントを用いて70分ほどした。(講演会レジュメ:PDF
 講演の準備は春休みから本格化させた。渡辺綱の話が1900年以前の英語圏でどの程度知られていたかを知りたかったので、図書館員にも情報を依頼し、こちらはインターネットで探し、さらには神保町へ出かけた。そこで分かったのは(今頃分かったのかと、お叱りを受けそうだが)、神保町の古書店の相談係の方が実に有益な情報を教えてくれることだった。

 12歳のときから神保町に通ってきた私だが、近年はどういうわけか足が遠のいていた。それが最近、慶應愛書家倶楽部の若手メンバーに穴場を教えたいという思い絶ちがたく、3月中旬に院生を誘って古書ツアーに出かけてみた。すると、瞬時にして昔の気持ちに帰るのだった。院生たちが次々と良書に手を出すのに驚き、もっと早く連れてくればよかった、と反省。その後はゼミの学部生まで連れてくることになった。それにはわけがある。
 日本経済が全盛だった80年代、90年代には、神保町では高い本でもさぞよく売れたのだろう。ところがバブルが崩壊すると、客は遠のき、古書の価格も下落した。ところが昨今は、外国で古書が値上がりし、外貨が高い現在、低いままに設定された国内の価格から判断すると、神保町価格はさほど高くなくなった。それが証拠に、寄り付かない日本人顧客を尻目に、飛び込みで買っていく欧米の古書業者や、中国人、韓国人の姿も目立つという。

 神保町の洋書の古書を扱う店を訪れるとき、私が一種の指標にする本がある。詩人で画家だったダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの没後に大型本で出版された画集、H. C. マリリエ著『ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ―彼の芸術と生涯の追悼図録』(ロンドン・ジョージ・ベル社、1899)である。1990年代初めに私はコンディションのよい本を25万円で入手した(もっとも数年後に、雄松堂書店の目録には、詩人のA.C.スウィンバーンが妹に献呈した若干よごれのある本書も9万円で落札した。これは私にとってはバーゲンだった)。現在神保町では少なくとも3軒の古書店にあるが、いずれも7-9万円であり、インターネットで見つかる価格より低い。
もう一例を挙げると、グーテンベルク聖書をデジタル化しているHUMIプロジェクトでは、参考資料としてクリーヴランド・ノーマン師著『図解グーテンベルク聖書所在調査』を購入したいと考えていたのだが、これも今回神保町で見つけた。インターネットで1,500ドルと出ていたから、14万円のほうが安価だったのである。状態も最高だった。

 というわけで、講演用に古書を探し始めたのに、我が体に巣食う本の虫が動き出してしまったのである。それにしても神保町の古書店主はお元気この上ない。崇文荘では、90歳を優に超えた佐藤さんが、脚立の上に乗って、セット物に値段表を貼っていた。若い店員が下から見上げていたので、思わず「逆だろう、落ちたらどうするの」と叫んでしまったが、どうも言うことを聞かないらしい。大屋書房の纐纈さんは自転車を操って通りを走っているところに何度も遭遇、とうとう店に入ってしまい、渡辺綱に切り落とされた腕を取り返した鬼婆を描いた月岡芳年の浮世絵を買った。古書通信の八木さんも矍鑠としているというし、神保町を離れたところにある雄松堂の新田会長だって、依然として年齢不詳の活躍ぶりだ。
こうやって神保町で集めた古書は、講演に大いに役立った。その内容は、『英語青年』9月号に掲載されるし、映像は高宮研究会のウェブ(会員制)で見られるらしい。講演後、途中で中座した人がほとんどいなかったと聞いてほっとした。

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