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さて、『世界をきずいた書物』について説明しておかなければならない。1963年7月ロンドンで、エリザベス女王を総裁とするPrinting and the Mind of Manという展覧会が開催された。「印刷と人間精神」とでも訳せばよいのだろうか。当時普及していたラジオが一般人から印刷本への関心を奪いとるのではないか、視覚から聴覚の世界に戻るのではないか、という危機意識から、活版印刷本がいかに西欧近代の誕生に寄与したかを示すために開かれたのである。既にテレビも存在したイギリスだが、戦後の質素な生活を強いられた一般人の間にはまだ普及していたとはいえず、ラジオから流れる音楽や講演が楽しみだったのである。展覧会の目録に見る展示本の分類や図版にも、印刷業界の宣伝臭が感じられる。
展覧会の各種委員会のメンバーを見ると、John Carter, Stanley Morison, Howard Nixon, George D. Painter, John Dreyfus, Percy H. Muir, S. H. Steinberg, Nicolas Barker, Harry Carter, James Mosleyと、当時からイギリスを代表するタイポグラファー、図書館員、書誌学者、印刷出版史の研究者が綺羅星のごとく並んでいる。まだ存命中の人物もいるから、みな若く、張り切っていたことが想像できる。
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グーテンベルク聖書について語る高宮氏
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展覧会から4年後の1967年、Printing and the Mind of Man: A Descriptive Catalogue が出版された。まもなくPMMと略称されるようになる本書の編者は、トマス・ワイズの偽作を見破ったカーターと、児童書書誌で知られるミュアの二人だった。グーテンベルク聖書に始まる420点の印刷本を出版年順に並べた本書は、戦後の古書業界と図書館界に大きな衝撃を与えた。PMMに掲載された初版はただちに、古書業者や収集家や垂涎のブランド物となった。
2度の世界大戦に参戦したアメリカ人の間に、自分たちが西欧文明を享受する一員だという認識が生まれるとほどなく、グレートブックス教育が声高に叫ばれるようになった。それに呼応してアメリカの大学図書館が、ギリシャ・ラテンの古典や英仏語の文学や社会科学の著作がグレートブックスのコアだったところに、科学史などの重要な著作も収蔵する必要が生まれた。潤沢になった図書館予算とPMMの出版が重なった効果は大きかった。PMMに掲載された初版なら古書業者は高値でも売りやすく、図書館は買いやすかったからだ。
よく似た状況はわが国にも現出した。雄松堂がPMMの邦訳『世界をきずいた書物』を出版した1977年といえば、日本経済が国際競争力をつけたために、蓄積された外貨は増え続け、大学図書館の収蔵予算が右肩上がりで伸び始めた時期だ。その後バブル時代に入ると、欧米から高価な貴重書が輸入されたが、PMMの番号が付いていればブランド物として珍重されるに至る。おりしも主要な私立大学が踵を接して創立100周年を迎えていた。その記念に一点豪華主義でPMM掲載書を購入する場合も、決して少なくなかったはずだ。こうして『世界をきずいた書物』は刷りを重ねていった。一方、ドイツでは英語版PMMの改訂重版が1983年に出版された。 |