雄松堂書店
雄松堂>ほんの世界はへんな世界 第2回

本の世界は変な世界

高宮利行氏について

慶應義塾大学文学部高宮利行教授(イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士)は、古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任してきました。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第二回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (II)
偏執狂あるいは学者の鑑?
ギンガリッチ著『誰も読まなかったコペルニクス』


 9月半ばに早川書房から翻訳書『誰も読まなかったコペルニクス』が届いた。副題に「科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険」とあるので、旧知の早川社長が私の関心ある領域の本だと察して送ってくれたのだと思う。原著者はオーウェン・ギンガリッチ、英語の原題は『誰も読まなかった本―ニコラウス・コペルニクスの「天球の回転について」を追い求めて』である。400ページに近い邦訳だが、まだ夏休みが残っている数日で読みきった。久しぶりに爽快感、ところどころで戦慄さえ覚える名著だと思った。早川氏には礼状を書くと同時に5部注文して、周りにいる関係者に配った。みな感動してくれた。新学期の最初の大学院の授業でも、読後感を述べると同時に学生諸君に推奨したことはいうまでもない。

 この書では、ハーバード大学の天文学と科学史の教授であるギンガリッチ博士が、若い頃に読んだアーサー・ケストナーの『夢遊病者』(1959)にある、コペルニクスの『天球の回転について』は読者がつかない本だったという言説に接した後、エディンバラで見た本に夥しい書き込みがあったことに刺激を受けて、以後30年かけて世界中に散在する本書の初版(1543)と第2版(1556)の現存本を精査、その結果ケストナーの説が完全に誤りであった、つまり本書は後代の科学者によく読まれ、書きこみが施された本が多い事実を証明した。言い換えれば、ケストナーの言説にコペルニクス的転回を与えた刺激的な書なのである。

コペルニクス
 『夢遊病者』のうちコペルニクスを扱った第3部は、邦訳が『コペルニクス―人とその体系』という題で出版されている(有賀寿訳、すぐ書房、1977)。『天球の回転について』という、わが国の教科書でも扱われる地動説の科学書を、専門家もほとんどまともに読まなかったというケストナーの論拠は、印刷の頻度と引用の誤りに基づいている。

 1543年にニュールンベルグで千冊印刷された初版はついに売れ切れなかった。その後4百年間に、それは4回版を重ねただけだった。1566年のバーゼル版、1617年のアムステルダム版、1854年のワルシャワ版、そして1873年のトル二エ版である。

 それに引き換え、13世紀にジョン・ホリウッドが天動説を扱った『サクロボスコ』などは少なくとも59回版を重ねたという。確かに慶應義塾図書館には13世紀の写本をはじめ、2版の15世紀本があるし、我が家にある16世紀本には夥しい書き込みが見られる。また天動説といえばプトレマイオスの『アルマゲスト』だが、16世紀でもよく読まれていた。

 ケストナーによれば、『天球の回転について』が無視されてきたのは、ラテン語の論文が途方もなく難解だったからだという。その結果、コペルニクス学説の周円転の数の数え方に関して、前の者が犯した誤謬を繰り返すことで、期せずして本人がその本を読んでいないことが暴露される、それは『チェンバーズ百科大事典』での記述や、1943年のコペルニクス没後400年記念講演会でも起こったという。

ケストナーの記述は、ギンガリッチ教授の記憶に焼きつくと同時に、疑問も生まれたようだ。そして1970年に学会のおりに訪ねたエディンバラ王立天文台の図書館で、『天球の回転について』初版にびっしりと書き込みがあり、出版当時の空押し製本に押されたERSという頭文字が、コペルニクスの天文学をまとめたヴィッテンベルク大学教授エラスムス・ラインホルトのことだと発見したことが、その後の現存本所在調査のきっかけとなったという。

 30年間にわたって執拗にコペルニクスの初版と第2版のすべての現存本を追って、文字通り世界中を旅した教授の趣味のひとつが旅行というのは、このプロジェクトにはうってつけだった。私はこれ以上本書の中身に深入りつもりはない。柴田裕之氏の読みやすい翻訳で楽しんでいただきたい。初版の一冊を巡って法廷に証人として呼ばれた一日を綴った第1章から、終わりに至るまで、本書には探偵小説のような味わいがある。実際、書誌学とは印刷本に関する探偵のような仕事を必要とする。

 30年間で601冊を精査したと聞くと、奇矯な偏執狂の姿を思い出すかもしれない。ギンガリッチ教授のことが知りたくて検索エンジンに “Copernicus Owen Gingerich” と入れてみると、まず出てきたのは本書の原書が出版された直後にボストンで行った本書の内容に関する講演だった。〔http://forum.wgbh.org/wgbh/forum.php?lecture_id=1476〕しかも、60分にわたる講演と質疑応答がコンピュータ画面ですべて見られるのである。美しいハーバード英語で丁寧に質問に答える教授の姿からは、偏執狂というイメージはまったく見られない。すばらしいジェントルマン・スコラーだ。

地動説
さて、本書の巻末には、著者が2002年に公刊した『コペルニクスの「回転について」の注釈つき調査』(ライデン、ブリル社)から抜粋した、現在公共機関に収蔵された初版と第2版の所在調査表が掲載されている。これで見ると、わが国でも初版が6箇所、第2版が2箇所の図書館にあることが分かる。ところが、慶應義塾図書館にも本書には挙げられていない第2版があり、1月に丸善で開催した科学書の展覧会に出展されていた。そこで現本に当たってみると、見返しには18世紀と思われる所有銘、本文中の欄外には数箇所詳しい注が、16世紀のイタリック体で書き込まれている。また本書が禁書目録に掲載された後で、本文を消したと思われる形跡もある。要するにきちんと読まれた証拠があるわけだ。

 これはギンガリッチ教授に報告しなければならない、と思った。教授はジョナサン・ヒルやバーナード・クォリッチ書店などとも付き合いがあることが分かったので、後者から教授のメール・アドレスを入手して、慶應本における注釈の存在についてメールを送った。現代の情報手段はさすがたいしたもので、打てば響くように教授から返事がきた。慶應本の所在を知らせてくれて感謝する、実は2002年に出版した『調査』が、出版社の思惑とは裏腹にたちまち在庫切れになったので、現在訂正版を準備中なので好都合だった、との内容だった。

 それならばと、私は貴重書室に依頼して該当箇所のJPEG画像を教授に送った。ラテン語が堪能な慶應の外国人教授でも解読できなかった所有銘などから、既に教授が調査したことがある本かどうか判明すると考えたのである。ところが、教授も解読できず、この時代の古書体学に秀でたフランスの学者に画像を転送したという。

一方、私は慶應義塾図書館で、慶應本をいつどこから購入したか調べてもらった。1988年にイタリア関係の古書を扱う業者から買ったという。ところが業者が持ち込んできた解説はイタリア語でわずか3行、所有銘についても欄外書き込みについても一切説明されていない。図書館側からこの業者に出所について聞いてみても、昔のことで記録がない、記憶ではイタリアの古書目録で見て購入した、という、予想したとおり曖昧な返事だった。

 1988年ごろには既に、ギンガリッチ教授のコペルニクスの大家としての令名は響いていた。一流の古書店なら、来歴のはっきりしない初版や第2版が出てきたら、教授に鑑定してもらうだろう。以前の所有者や書き込みの内容がはっきりすれば、その本に付加価値がついて、より高い値をつけられるからだ。なぜ、このイタリアの古書店はそれをしなかったのだろうか。そう考えると想像が膨らんでいく。ひょっとすると何処かから盗まれた本ではないか。コペルニクスの名著がよく盗難にあうことは、本書にも書かれているからだ。

 事の真偽はまだ分からない。私は今ギンガリッチ教授からの報告を、首を長くして待っているところだ。

(高宮利行 慶應義塾大学教授)

[バックナンバーを読む]

 [雄松堂HPトップに戻る]