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雄松堂>ほんの世界はへんな世界 第24回

本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学文学部高宮利行教授(イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士)は、古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任してきました。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第二十四回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (No.24)
−あなどりがたい豆本−
ブローマー女史の講演

香港国際古書展
香港国際古書展
1月17日から三日間、香港の国際展示場で第2階香港国際古書展が開催され、講演のため生まれて初めて香港に出かけた。イギリスには百回以上行っているのにと、友人たちは可笑しがる。与えられた講演の命題は、私自身の洋古書収集40年の体験から、なぜ日本という西洋文化から離れた市場で洋古書が売れるのか、あるいは売れたのか、同じ考えで中国市場でも高価な古書を売ることはできるのか、を話してくれという難問だった。
大昔から中国の文物、宗教、諸制度を規範として仰ぎ見ながら蒐書してきた日本人だから、明治維新になって政府が西欧化という工業化政策に舵を切った際に、収集相手が中国の古書から西洋の書物移入に変化したとしても、十分説明はつくだろう。とりわけ1980年代から90年代前半にかけて経済バブルに沸き立ったわが国では、大学の図書予算は毎年10%以上の伸びを示し、その結果貴重書購入のための予算も伸びて、インキュナビュラや『西洋をきずいた書物』(PMM)に挙げられた名著の初版が収蔵された。またわが国に9セットも将来したケルムスコット・プレスなどの私家版、イギリスの古書店が築いた膨大なセット物の古書コレクションも記憶に新しい。洋古書の個人収集家も数は少ないが育ってきた。
同じように中華思想の強い中国で、また文化大革命という焚書坑儒を体験した中国で、古書収集への熱が起こるのだろうか。関心の火をつけるにはどうしたらよいか。これを予測することは難しい。確かに香港におけるアジア絵画の競売市場は昨夏まですさまじい勢いを示していた。しかし一瞬にして襲った経済危機のため、この先どう展開するかは五里霧中の状態だ。況や古書市場をや。
私は、欧米の大学や大学院に留学している夥しい数の中国人研究者が、早晩西洋の文化に目覚めて、成功者がその文化遺産に関心をもつ日が必ずや来ると考える一人である。そして中国マネーがそちらに動く可能性はあると思う。オスカー・ハンドリンは『アメリカの人々』で、20世紀前半の成功したアメリカ人家庭には必ず一点以上のインキュナビュラがあったと言明したし、私たちは日本でもほんの20年ほど前に洋古書ブームが起きたのを目撃した。私は、膨大な中国市場に景気が回復する暁には、同じ現象が起こるのではないかと考え、そのときの受け皿を協力して作り上げることの重要性を強調した。

香港古書展の様子 雄松堂ブース
香港古書展の様子

アン・ブローマー女史
アン・ブローマー女史
さて、この香港国際古書展では、かなりの数の豆本が出展されていた。英語のミニチュア・ブックは高さ7.5cm以下で、拡大鏡なしで読めるものをいう。香港から戻ってまもなく、日本グロリア・クラブが第86回例会でこの豆本を取り上げた。会場にはいつもより若い参加者が多かったように思われた。講師はボストンで豆本専門の古書店を40年も営んでいるアン・ブローマー女史で、豆本を扱うのにふさわしく女史は大柄な女性が多いアメリカでも珍しいミニチュア・レディだった。
ブローマー女史は顧客の一人で、世界最大の豆本収集家の一人ジュリアン・I・エディソン氏と共著で、『ミニチュア・ブックス:ちっぽけなお宝4000年』(2007)というフル・カラーの著書を出版している(邦訳出版も計画中と聞く)。すべて原寸大で復刻されているからデザイナーは大変だっただろう。香港で印刷された本書には250部限定番号と署名入りの豪華版があり、そこには本書のミニチュア版が箱に収められている。出版に際しては、NYのグロリア・クラブで豆本展示会をやり、女史がパワーポイントを用いた講演をしたが、今回の東京での講演もその内容が中心で、現物50点の展示即売も行われた。
ブローマー女史の講演は、格調高いボストン英語によるもので、私はコーディネーター役をおおせつかったものの、何せ原稿は講演直前に頂戴したものだから、テキストを一瞥する間もなく、解説のポイントを要約することぐらいしかできなかった。
長年にわたって「ちっぽけなお宝」を扱ってきた女史は、同業者仲間でも馬鹿にする豆本に、技術的な完成度や、社会や世相を映し出す重要な歴史的な側面があると強調する。聞いていて面白かったのは、戦後の社会主義国で多くの政治的な内容の豆本が作られ、流通していたことだ。
またリンカーン大統領による有名な奴隷解放宣言の本文は、百万部以上が豆本パンフレットの形で印刷されて、アメリカ南部の奴隷たちに配布された。彼らはこれを肌身離さず持ち歩いたという。その結果、それだけ多くの部数で印刷された歴史的な著作にもかかわらず、よい状態で現存している例が少ない。今回女史が展示してくれたのは、幸いあまり人手に渡らずずっと一箇所に保管されていてために、珍しい美本だった。
講演後は若い女性たちが可愛い展示品に群がっていた。

第86回グロリアクラブの様子1 第86回グロリアクラブの様子2
第86回グロリアクラブの様子

ミニチュア・ブック
ミニチュア・ブック
私は、講演のはじめの方にスライドで紹介された、中世後期に制作された時祷書の装飾写本に特に興味が引かれた。そこに記された縦横のサイズの小さいこと、それを見ながら昔のある出来事を思い出していた。
ステューベン・クリスタルの経営者で、母校ハーバード大学に蔵書と貴重書図書館を寄贈した大収集家アーサー・A・ホートン2世(1906−90)は、英文学や中世写本とともに豆本を愛した。そして存命中の1979年12月5日、ロンドンのクリスティーズで350点にのぼる豆本が競売に付された際、美しく装飾された時祷書が10点以上出品された。いずれも精巧に制作された逸品ぞろい、この時代の写本はサイズが小さければ小さいほど値段が高かったという。写字生や絵師が実力と才能を発揮するよい対象だったのである。
私の関心を引いたひとつが、小型で細密画も美しいが、製本が壊れ、かなり羊皮紙の欠葉が見られるある時祷書だった。不完全な写本だから、見積価格もたいしたことはない。展示用にも使えるから図書館に推薦しても手ごろな買い物と見えた。早速ロンドンの古書店に指値をしてくれるよう依頼したところ、ほどなく国際電話があり、ロンドン在住の書誌学者ニコラス・バーカー氏が落札の暁にはぜひ製本を直させてくれと言っていると連絡してきた。その後2,3度代理店を介して連絡をとったところ、どうもバーカー氏自身が落札したがっていることが分かった。そこで、こちらは競売に参加しないことを決めた。
この写本は案の定安値でバーカー氏の手に落ちた。その後しばらくして大英図書館にオフィスのあったバーカー氏を訪ねると、満面の笑みを湛えて美しく再製本された写本を見せてくれた。ため息がでるほどの傑作だった。欲しかったなあ、というのが偽らざる気持ちだった。

地震国でなおかつ住宅事情が芳しくないわが国は、豆本の収集が向いているという。いざという場合には豆本を何百点でもスーツケースに詰めて外に持ち出すことができるからだ。東京には、青山に輸入本を扱うリリパット、神保町に和本を扱う呂古書房など、豆本専門の書店もある。

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