| ほんの世界はへんな世界 第二十六回 |
TAKAMIIYA ESSAY ON BOOK (No.26)
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啓蒙か破壊か? オットー・エギーの真似をしてはならぬ
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美しい装飾写本をバラす、その中の色鮮やかな装飾大文字だけを切り取って額に入れる、もっとひどい例では『カルメル派ミサ典礼書』(大英図書館蔵、下記の図を参照)のように、それらを自分の名前のつづり字順に並べてスクラップノートの表紙を飾る―こんな蛮行は19世紀ヨーロッパに中世趣味が広まるにつれ、顕著に見られるようになった。書物破壊者(Biblioclast)は個人収集家だけではなく、研究者や古書業者の中にもいた。ジョン・ラスキンのような高名な美術評論家でも、破壊行為に後ろめたさを感じることなく、切り取った零葉を講義で見せたり、学生に与えたりした。背の高い書棚を作らせる代わりに、書棚に収まりきらない大型本の天地の余白をノコギリで切り落として無理やり押し込めたほどの人物だから、写本をバラすことも平気だったのだろう。現在のメンタリティーといかに違うことか。 |
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『カルメル派ミサ典礼書』(大英図書館蔵)
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20世紀になると、購入した不完全な写本をバラして、零葉として販売したほうが利潤が上がると考える古書業者も多くなった。零葉本(Leaf Book)と呼ばれる新たなジャンルも生まれた。これは貴重本をバラして、一葉だけ本物を貼り、解説を施し、きれいな製本に収めるというやり方で限定出版するもので、Caxton ClubやBook Club of Californiaなどの出版物に多い。
中世に制作された同種の写本を、後代にいくつかのブックレットとして製本したものを入手した際に、元のブックレットにバラして、独立して販売し世の非難を受けたケースもある。例えば、1980年代に行われたビュート卿の売り立てで、ニューヨークのクラウス書店が競り落とした、天文学に関する数冊のブックレットを集めた写本も、競売後バラされて販売された。その中でもっとも重要なブックレットはチョーサーの『天球儀について』という、英語で書かれた最古の科学論文だった。これはわが国に将来したが、関西の個人蔵書に入った結果、現在は杳としてそのありかは不明である。
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さて、Otto F. Ege (1888-1951)が破壊した零葉や、主題別に集めたポートフォリオなどが、1980年代以降のバブル経済の波に乗って、わが国にも将来した形跡がある。エギーは長年アメリカのオハイオ州Clevelandに住んで、そこの美術館で教職課程の主任を務めながら、レタリング、レイアウト、タイポグラフィーを教え、Case Western Reserve 大学の図書館学科でも書物史の講師であった。要するに写本研究に関する専門家であり、教育者でもあったわけだ。ところが、自ら多くの写本や初期印刷本を収集していたエギーは、中世写本をバラバラにして主題別に解説を施した零葉集(Portfolio)を制作しては、関係先に売っていたのである。しかも、臆面もなく書物破壊者(Biblioclast)と名乗っていたのだから、始末に困る。確信犯なのであった。アメリカの一般人が、中世ヨーロッパの写本文化の一端に触れられるようにという、「啓蒙目的」でバラしたらしいが、結果は写本文化への狼藉、破壊に間違いない。
エギーが制作したもっとも有名なものは「中世写本の原葉集」と呼ばれるポートフォリオで、50点の中世写本からの零葉を集めた40セットからなる。内容は中世教会で用いられた聖書、詩篇、賛美歌、時祷書、聖務日課書など、一般によく見られる写本であるが、リウィウスの『ローマ史』、トマス・アクイナスの『ピーター・ロンバールの文章への注釈』、『グレゴリー大帝の対話録』といった比較的稀で重要な写本は、研究者が特段の関心を注いでいる。
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◆中世イギリス文学の内容豊富な入門書◆
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| 高宮利行・松田隆美 編
B5判 上製 454頁 2008年12月刊行
ISBN 978-4-8419-0490-1
定価10,500円(本体10,000円+税5%)
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