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本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学名誉教授、イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士。古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第二十七回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (No.27)
ケンブリッジ大学図書館参事会に出席して

10月初めから急ぎ旅でケンブリッジを訪問した。市内の至る所に800という数字が入ったバナーが翻っていた。1209年、オクスフォードにおける学者と町の人々との度重なる確執に嫌気がさした一部の学者が、ケンブリッジに逃げて新たな大学を作った、という半ば伝説めいた起源から800年経過した今日、大学を挙げて主催行事を展開している、というわけだ。ただ伝統を墨守するのではなく、モットーは「明日を変える」だ。

 ケンブリッジ大学図書館と私は縁が深い。1975年夏から3年余りここに留学した私は、ほぼ毎日図書館に通った、だけではない。日本学の専門家だったエリック・キーデル館長に頼み込んで、所蔵する国文学の貴重書を特別展示してもらったこともある。嬉しいことに、これをきっかけに未知の奈良絵本が発見された。また、図書館サービスを改善するための提案を頻繁にお目付け箱に入れたため、3年の留学期間の終わりには、図書館長室にティーに招待されたほどだ。

その後もこの図書館を利用するたびに、図書館長、写本部長、貴重書部長らと親密になった。特に1998年にここのグーテンベルク聖書を、私が主事を務めた慶應のHUMIプロジェクトがデジタル化してからは、ピーター・フォックス館長とは一層親密度が増した。その裏にはナンバー2のデイヴィッド・ホール氏がいたが、彼とは1975年以来ずっと古書収集仲間だった。

ケンブリッジ大学
そんな背景ゆえか、2007年からケンブリッジ大学図書館の参事会(Visiting Committee)のメンバーに任命された。それまでも顧問委員会が存在したが、国際情勢の大きなうねりの中で、より国際的な諮問委員会を作ったわけだ。初の女性総長として着任して3年目のアリソン・リチャード博士は、タイムズ紙の世界大学ランキングでケンブリッジがハーバードの後塵を拝して2位に位置している(因みにわが本務校は今年142位である)現状に危機感を抱いている。トップ5から滑り落ちたら、2度と這い上がれないだろうと、周りを叱咤激励してきた。

この3月にフォックス館長が勇退した後、図書館長に選任されたのはアン・ジャーヴィス副館長だった。彼女は650年の歴史を誇る図書館の歴史の中で、最初の女性館長である。そして、各学部図書館を傘下に収める図書館サービス管理者(Director of Library Service)をも兼務する。すなわち彼女の職掌は、大学のメンバーに使いやすい施設と同じサービスを与えて、研究を手助けすることである。


二日間にわたって開催された参事会は、ジャーヴィス館長が「世界の大学ランキングでは2位だが、図書館に関しては19位という現実をどう受け止め、向上させていくか」という問題提起で始まった。参事の顔ぶれは、ケンブリッジに関係ある卒業生、学者、経営者(ウォーターストーン書店のオーナーなど)10数名である。決して図書館運営の専門家ではない。議長のダドリー・フィッシュバーン氏は、サッチャー政権で保守党議員を10年務めた後雑誌『エコノミスト』の編集長、ハーバードの諮問委員のみならず12年間ハーバード大学図書館の参事会議長を勤め上げ、最近HSBC銀行の取締役を退いたという、輝かしい経歴の持ち主だった。私が参事会に出席したのは2度目だが、厳しいスケジュールの中で議論が沸騰する会議を巧みに捌いていくフィッシュバーン氏の才覚には瞠目した。

図書館関係者からは、図書館運営の現状と問題点、今後の運営方針、それに伴う財政的な措置の可能性がプレゼンテーションされた。特にジャーヴィス館長が「21世紀の大学図書館はどうあるべきか」という発表では、デジタル化の諸問題、学部図書館との連携、私立大学として存在する31のコレッジの図書館との関係などが明らかにされた。わが国の大学図書館の委員会で聞かれる「予算」という言葉はなく、強調されたのが必ず「寄付金」「外部資金」だったというのも印象深い。外部の篤志家からいかに大規模な寄付を得られるかが、ケンブリッジ大学図書館の生命線なのであった。

英米人に混じって私が参事に選ばれたのは、図書館資料のデジタル化にHUMIが優れた業績を上げていること、それに中世の写本や初期印刷本に明るいという事情であろう。彼らの議論に割ってはいるのは並大抵ではないが、発言を始めれば、全員が耳を傾けてくれた。あるとき、HUMIプロジェクトがデジタル化したグーテンベルク聖書の高精細データを送っているのに、さほどそれを利用した形跡がないのはもったいないではないか、と指摘した。現在新しい貴重書部長を公募しているが、応募条件にはデジタル技術のかなり深い知識が課せられているという。

今回最も強く印象に残ったのは、図書館関係者も参事会も、ケンブリッジ大学図書館をより使いやすいものにするにはどうしたらよいかを、真剣に考えている様子だった。「ここの貴重書コレクションはハーバードのものより数段優れているのだから、恐れることはない。正しくデジタル化して誰にでも分かりやすい形で提供するのが一番ではないか」という意見にみながうなずいたことは、いうまでもない。コンテンツ(英語ではcontent)を所有し活用することの重要性が強調されていた。

最後のプログラムは、最近寄付金によって収蔵された第1次大戦の戦争詩人ジークフリード・サスーンの手稿類の展示だった。しかも書誌学者ジェフリー・ケインズの貴重書コレクションが置かれた記念室で、旧知のパトリック・ズッチー写本部長の解説付きだった。

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中世イギリス文学入門―研究と文献案内 中世イギリス文学入門―研究と文献案内 門―研究と文献案内 中世イギリス文学入門
高宮利行・松田隆美 編

B5判 上製 454頁 2008年12月刊行
ISBN 978-4-8419-0490-1
定価10,500円(本体10,000円+税5%)

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