| ほんの世界はへんな世界 第二十九回 |
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (No.29)
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写本研究の天才ジェレミー・グリフィス
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このところ3月末になると、イギリスから中世英語写本の研究者がやってくる。今年もオクスフォード、モードリン・コレッジのサイモン・ホロビン(Simon Horobin)博士が東京にやってきて、都内の図書館で写本の調査と講演を行った。2度目の来日だった。彼はいつまでも若々しいイケメン学者として、オクスフォード英文科の人気者である。私は10年ほど前からの知り合いだと思っていたが、ホロビン博士は1993年に私がシェフィールド大学で招待講演をした際、大学院生として聴いていたという。 |
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ある日、ホロビン博士の希望で、早稲田大学中央図書館に所蔵されているニコラス・ラブ(Nicholas Love)の『イエス・キリストの祝福されし生涯の鏡』(The Mirrour of the Blessed Life of Jesus Christ)の15世紀写本を、二人で調査に出かけた。ラテン語聖書を英訳したり、それを転写、所持したりすることを禁じた代わりに、カンタベリ大司教が転写を許可した、キリスト伝の英訳写本である。しかも美しく装飾が施されている。1995年にはこの写本を中心に‘Love at Waseda’という国際シンポジウムが開催されたほどである。
さて、ホロビン博士が写本を調べながら、ラップトップに写字生の特徴をメモし始めたので、私は写本に付随した解題目録を丹念に読み始めた。すると、そのきわめて精緻な解説に感心した。写本のレイアウト、書体、来歴などに関してこれだけ書けるのはジェレミー・グリフィス(Jeremy Griffiths)氏しかいないなと思って見て行くと、A4判7枚の最後のページに、彼の特徴的な署名を発見した。私はホロビン博士に思わず「これを見たまえ、ジェレミーは15年以上前に、現在の学問のレベルに既に達していたね」と声をかけると、彼は大きく頷いた。そして「前回の来日のとき、専修大学図書館で『ポリクロニコン』写本を調べたけど、そこにもジェレミーの詳細な解説がついていたよ」と言うではないか。
私たちが親しみと懐かしさを込めてジェレミーと呼ぶ天才写本学者は、残念ながら既にこの世にはいない。ダイアナ妃が亡くなる2週間前に急逝したのだった。学者でありながら、亡くなる前の10年ほどは古書業者としても活躍し、その関係で上記の2写本を扱ったバーナード・クォリッチ書店の顧問として解題を付したのであった。
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ジェレミー・グリフィスは1955年にウェールズで生まれ、ウェールズ大学バンガー校に入学して中世英文学を専攻した。そのまま修士課程に進んだとき、指導教授が「ここではもう君に教えることはないから、オクスブリッジにでも転校した方がよい」と勧めたという。これは、私の長い友人でジェレミーの指導教授だったピーター・フィールド(Peter Field)教授が、直接私に話してくれたから間違いあるまい。こうしてジェレミーはオクスフォードのジーザス・コレッジに入学したが、ここは創立当時からウェールズ人学生を受け入れてきた。
秀才ぞろいのオクスフォードでも、写本研究に見られる彼の天分は皆が認めるところとなり、噂が全国に広まっていった。私がジェレミーに紹介されたのは、彼の指導教授マルカム・パークス(Malcolm Parkes)教授の研究室だったと記憶する。教授が所属するキーブル・コレッジで晩餐を取った後、研究室に戻ると三人で中世写本の話が始まり、午前3時ごろまで続いた。このパターンは、その後私がオクスフォードに行くたびに繰り返されることとなった。ジェレミーは、23歳の大学院生とは思えないほど、堂々と議論していた。わが国で見られるような指導教授と学生の関係など微塵もなく、そこには対等に議論する研究者だけがいた。
ジェレミーは学会で活躍するようになり、各地の大学でも講演を行うようになった。博士論文の主題のほか、彼は多くのプロジェクトを抱えるに至った。しかし、どのひとつも完成しないままあの世に逝ってしまったのである。「あいつは一度に多くのことに首を突っ込みすぎる」(He has got too many fingers in too many pies at one and the same time.)と噂されるようになった。1984年、彼はロンドン大学のバーベック・コレッジの英文科専任講師に就任したが、4年後には大学に幻滅して辞任し、古書業者になった。同時に、父親が経営する会社の社長にも就任した。彼の活動はますます拡大したが、他人には理解できない側面もあった。
友人たちを一番驚かせたのは、ジェレミーがユーゴスラヴィアの戦線に赴いて、ロンドンの一流紙に戦地ルポを発表したことだろう。後に彼は、その体験をとくとくと話してくれた。独特のしわがれ声で「CNNの記者たちより百メートルも前に出て小屋に入ったら、そこに銃弾が雨あられと飛んできたよ」といった調子で語るのだった。
美食家でワイン好き、人をレストランに招待するのが好きだった。世界広しといえども、フェラーリを乗り回す写本研究者など、ジェレミーしかいなかっただろう。わが国にも4回ほどやってきて、古書店に貴重書を売り込み、大学で講演をした。私が連れて行ったデパ地下の食品売り場がお気に入りで、あるとき試食させてもらった羊羹を2本買い込んだ。「母へのお土産だ」とはしゃいでいたが、翌朝会うと「君と別れた後、一本丸ごと食べた、美味しかったよ」と言うではないか。
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The English Medieval Book: Studies in Memory of Jeremy Griffiths
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1997年7月半ば、私はデジタル化プロジェクトの仕事でオクスフォードに到着、ホテルでの約束時間にジェレミーが現れないので、部屋に戻ると、ジェレミーから電話が入った。「今病院からかけている。今日は抜け出せないんだ。8月に君がケンブリッジに行くころ、追いかけていくから、旨いものを食べようね。。。」しかしジェレミーは2度と病院を出ることはなかった。8月14日、彼は膵臓ガンで亡くなった。
愛息の急死を嘆いた両親はしばらくすると、ジェレミーが収集した古写本学や古書体学関係の蔵書を、オクスフォード英文科の図書館に寄贈した。同時に書物史を専攻する大学院生への奨学金制度も寄贈した。そして、ここ1,2年のうちにはオクスフォードに、ジェレミー・グリフィス記念古書体学教授職も生まれるという。イギリス中の大学から古書体学の教授職が消え去ろうとしている折から、これは素晴らしい朗報である。
無冠の帝王のまま、わずか44歳の若さで逝った天才学者を偲んで、2000年に追悼論文集が出版された。超一流の学者三人が編纂し、世界中の超一流の中世学者が寄稿した書である。A. S. G. Edwards, Vincent Gillespie, and Ralph Hanna, eds., The English Medieval Book: Studies in Memory of Jeremy Griffiths (London: British Library, 2000) には、オクスフォードで行われた追悼ミサでの感動的なスピーチが含まれている。そこでジェレミーのすべてが言い尽くされているだろう。
早稲田の図書館でホロビン博士と写本調査をしながら、私は追悼文集の冒頭を飾る、まるで少年のようなジェレミーの写真を思い出していた。
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◆中世イギリス文学の内容豊富な入門書◆
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| 高宮利行・松田隆美 編
B5判 上製 454頁 2008年12月刊行
ISBN 978-4-8419-0490-1
定価10,500円(本体10,000円+税5%)
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