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本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学名誉教授、イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士、グラスゴー大学名誉文学博士。古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任。現在、本に関する情報サイト『本のある時間』編集長。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

2011.9.16
ほんの世界はへんな世界 第三十五回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (No.35)
1970年代のケンブリッジ古書事情―フォーラムに向けて

 2011年9月末に開催されるアンティーク・ブックフェアとフォーラムは、画期的な出来事になります。丸善と雄松堂という、戦後の洋古書輸入と販売で重要な地位を占めてきた2大古書店が、DNPグループの傘下のもと、初めて共同でイベントを開くからです。

フォーラムでは、この両者から別々に依頼を受けたため、荒俣宏氏、鹿島茂氏という2大コレクターと対談を行う僥倖に浴すことになりました。

すでに出回っている配布物にあるように、私が荒俣宏氏と初めてお会いしたのは1970年代半ば、ケンブリッジに留学していたときでした。記憶の糸をたどると、同じく留学中の妖精研究家の井村君江女史に伴われた荒俣宏氏に紹介されたのは、ギャロウェイ&ポーター(Galloway & Porter) という書店でした。この書店は古書部門と新刊バーゲン本の部門があり、長らく学生や観光客でにぎわっていましたが、今夏訪れたときは廃業していました。

早稲田大学の周囲にはまだかなりの数の古書店がありますが、慶應義塾大学の三田キャンパスには2軒しかありません。戦前は三田にも日吉にも丸善が店を出していたそうですから、隔世の感があります。ところが、いまやオクスフォードやケンブリッジでもよく似た状況なのです。ケンブリッジでは、まともな古書店といえばG.デイヴィッドしかありません。モードリン・コレッジの筋向いにあった良質の古書店も2,3年前に閉店しました。

 

そこで今回は、私が留学していた1975-78年のケンブリッジでの古書事情を回顧してみましょう。

G.David書店

街の中心地トリニティ・ストリートには、各部門からなるダイトン・ベル社があって、目録も出していました。古典部門には、ギリシャ、ラテン語の古版本が並び、値段も手ごろでした。私の専門は英文学なのにここに足しげく通ったのは、英語と容姿が美しい女店員がいたことが主たる理由で、私の英語が上達したとしたら、彼女との無料の英会話のおかげでした。

しかし売り上げが伸びず、この部門が閉鎖されたとき、大量の古版本を買い付けて、三田の図書館に推薦することができました。ここは、ロンドンのドーソン・オブ・ペルメル古書店の一部でしたが、経営者の放漫経営からやがてつぶれてしまいました。その後新刊書店へファーズ社が引き取りましたが、やがて消滅しました。

グリーン・ストリートには個性的な店が並び、同性愛者が入り浸るパブなどもありましたが、その一角に昔から続いたグレー製本所と、ブックルーム書店がありました。後者については拙著『愛書家のケンブリッジ』(図書出版社)でも触れましたが、かなりユニークな古書店でした。経営者のエドワード・サール氏は、書物収集家ではあったものの、長く英国外務省からウガンダに派遣された外交官でした。定年後に自分の蔵書を売ることからはじめた古書店でしたから、バーゲン本を探すには格好の場所、私は週に三回は通った覚えがあります。世紀末に活躍した英国紋章官アーサー・フォックス・デイヴィスの蔵書が一括して出てきて、安価に購入できたのも楽しい思い出です。彼が研究や自著の改訂に用いた書き込み本がたくさん含まれていました。

グレー製本所もブックルームも、まもなく街の中心から離れていきました。土地や建物を所有するトリニティ・コレッジが、地代を高騰させたからです。こうしてケンブリッジの中心にはロンドンのチェーン店やブランド店ばかりが目立つようになりました。

 1970年代半ばにケンブリッジ内外にあった古書店は他にも、Bowes & Bowes, Peter Wood(演劇)、Hammond,  Jean Paine,  Derek Gibbons (現在のThe Haunted Bookshop), David Bickersteth, Adam Mills とさまざま存在しました。もう存在しないか、あっても目録を出さないかのどちらかです。

G.David書店

その中で、今も中心地で頑張っているのが、G. David書店です。ここは学生時代から通った研究者が蔵書を売ったりする場所として知られています。わが恩師の故デレク・ブルーア教授の蔵書も生存中から、また死後も大量に売られました。最近では、19世紀英国小説の研究で知られたイアン・ジャック教授の旧蔵書が現れたので、聞いてみると、前年に逝去されたということでした。このように、偉大なケンブリッジの学者コレクターが書き込みをした手沢本(Association copy)がここでは無造作に出てくるのです。

現在ケンブリッジで書店を営んでいるのは、2,3軒に過ぎません。街のマーケットにも本屋はありますが、良書は少ないようです。

書物文化といえば、1970年代のケンブリッジでは、国際的に有名はレタリング・デザイナーのデイヴィッド・キンダズリー、ウィリアム・モリスの流れを汲む私家版のランパント・ライオン・プレス、それに第1級の皮革製本とマーブルペーパーで知られたシドニー・コッカレルの工房がありました。私を訪ねてこられた庄司浅水氏や反町茂雄氏をこういった場所にお連れしたのも懐かしい思い出です。この中ではキンダズリー工房だけがリーダ夫人によって継承されています。

また、ケンブリッジ大学にはEdward Capell Society という愛書家倶楽部もありました。年齢も地位も関係なく本好きが集まり、情報を交換することができました。本好きにとっては至福のひと時でした。ところが、学生メンバーが一人もいないため、この倶楽部もいまや休眠状態とか、オクスフォードも同じです。ああ、こぞの雪いまいずこ



◆中世イギリス文学の内容豊富な入門書◆
中世イギリス文学入門―研究と文献案内 中世イギリス文学入門―研究と文献案内 門―研究と文献案内
中世イギリス文学入門
高宮利行・松田隆美 編

B5判 上製 454頁 2008年12月刊行
ISBN 978-4-8419-0490-1
定価10,500円(税込)

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