雄松堂書店
雄松堂>ほんの世界はへんな世界 第4回

本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学文学部高宮利行教授(イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士)は、古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任してきました。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第四回
TAKAMIIYA'S ESSAYS ON THE BOOK (IV)
英国王室の相続税となった超稀覯書
グロスター公爵旧蔵の『狩猟の管理者』写本


 収集家が離婚したときと死亡したとき、その蔵書が世に現れるという。それにもかかわらず、2006年1月26日にロンドンのオークションハウスであるクリスティーズで行われたグロスター公ヘンリー王子のコレクションの売りたては、本人の死後32年も経てようやく実現したものだった。

その3日前、私はクリスティーズで貴重書デジタル化を推進するHUMIプロジェクトに関する講演を行うことになっていた。1月23日の午後、大英図書館で打ち合わせを終えてクリスティーズに出かけたところ、講演の主宰者で古書部門のメグ・フォード博士に迎えられた。ただちにグロスター公旧蔵の中世写本を3点見せてくれた。出てきた2点、『狩猟の管理者』Master of Gameと鷹狩りの教則本は競売前に、相続税の絡みで大英図書館に売却されたという。後者は未刊行の英語散文の作品で、いずれも公爵が好きな狩猟や鷹狩りに関する15世紀写本である。ともに興味深い手書き装飾絵があった。20世紀最大の狩猟関係書を誇ったシュワート蔵書の売り立てで1500点もの古書を購入した公爵ならではの逸品だ。

中世の狩りの様子
3点目は今回売りたてに出るもうひとつの『狩猟の管理者』だった。これは第4代オクスフォード伯ホレス・ウォルポール旧蔵の写本でもあった。この作品は、14世紀のフランス人ギャストン・ド・フォワが著した『狩猟の書』を、第2代ヨーク公爵のエドワード・プランタジネット(1373-1415)が1405年に英訳した狩の教則本で、15世紀によく読まれた結果、27の写本が現存している。このヨーク公はエドワード3世の孫に当たり、少ない軍勢でフランスを破った有名なアジンコートの戦いで戦死した。

 ヨーク公は『狩猟の管理者』の序文で、英訳版を皇太子(後のヘンリー5世)に献じ、自らを現王ヘンリー4世の「狩猟の管理者」と呼んでいる。この作品が1904年に初めて印刷に付されたとき、こともあろうに米国第26代大統領だったセオドア・ルーズベルトが序文を寄せたほどであった。

さて、イギリスの王室の相続税に関心をもたれる読者もいるに違いない。2002年に100歳を超えて長逝したエリザベス皇太后の遺産は、長女であるエリザベス2世のもとに相続税なしに入った。これは「君主から君主へ」の相続は税なしと定められているからだ。ところが、エリザベス女王の叔父で1974年に死去したグロスター公の場合は、ハロルド・ウィルソン首相が率いる労働党内閣の税制が、一般人と同じく適用されてしまったのである。いかにも労働党らしい政策だ。そして、50万ポンド以上と評価される遺産に関しては75パーセントという高率の相続税が課されたのである。グロスター公爵を継いだ長男はこれを払うことは出来なかったが、政府は前公爵夫人アリス王女が存命中はその執行を免除した。2004年に102歳の高齢でアリス王女が亡くなったとき、その相続税率は40パーセントに下がっていた。今回のクリスティーズにおける競売は、その結果であった

1月31日の『サンデー・タイムズ』紙は、「屋根裏にあった現金―公爵の埃まみれの宝物5百万ポンドで売れる」という見出しで競売結果を報告した。「屋根裏で埃まみれだった」とは言いえて妙で、実際ヘンリー王子の誕生を祝してヴィクトリア女王が贈った銀製ボウルなど、まず日常生活では使用されたことのない宝物ばかりだった。

 数多くの競売品の中で最高価格を獲得したのが、上述の『狩猟の管理者』写本で、約200,000ポンドでロンドンの古書店が購入した。おそらくノルウェーの個人収集家の元に収まるだろう。このことを知った私は、アメリカの中世学者でこの作品の校訂版を準備しているジェームズ・マックニール教授に連絡した。自分が調査したことがある2写本が大英図書館とノルウェーに移ったことを知った教授は、「以前、館の図書館に調べに行ったとき、現公爵も狩猟関係の写本に関心を持っていたのに」と寂しい調子の返事をよこした。

ちなみに23日に行った私のデジタル講演は50名以上の出席者を得て、何とかうまくいった。レセプション会場には、グロスター公旧蔵の狩猟写本の目録解説を作ったトニー・エドワーズ教授の姿もあった。一緒に美味しいワインとカナッペと会話を楽しんだことはいうまでもない。

(高宮利行 慶應義塾大学教授)

[バックナンバーを読む]

 [雄松堂HPトップに戻る]