雄松堂書店
雄松堂>ほんの世界はへんな世界 第6回

本の世界は変な世界
高宮利行氏について

慶應義塾大学文学部高宮利行教授(イギリス好古家協会フェロー(FSA)、シェフィールド大学名誉博士)は、古書体学、書物史、中世イギリス文学、アーサー王文学の領域で多くの業績がある、国際的に知られた学者であり、日本中世英語英文学会会長、新チョーサー学会理事、国際アーサー王学会日本支部長、POETICA編集委員長などを歴任してきました。現在、本に関する情報サイト『本のある時間』編集長。日本での西洋稀覯書研究において第一人者である高宮教授に隔月で古書に関するちょっと変わったお話をしていただきます。

ほんの世界はへんな世界 第六回
TAKAMIIYA ESSAY ON BOOK (VI)
慶應愛書家クラブ発足?
「オックスフォード大学愛書家協会50年」

今年初めに送られてきたロンドン書誌学会の季刊誌『ザ・ライブラリー』に、オクスフォード大学愛書家協会が50周年を祝って、今までの活動記録を300部限定で出版し、記念のディナーを3月17日に開く旨のチラシが入っていた。わたしはライバル校ケンブリッジ大学に留学していた1975-78年の3年間、エドワード・カペル協会という愛書家団体に所属し、毎年一度はオクスフォードの愛書家協会と一緒に図書館の見学旅行などに参加していたので、早速この『オクスフォードにおける愛書家たち』という活動記録を注文することにした。もうかれこれ25年もの付き合いになる古書業者クリストファー・エドワーズ氏にメールを送って3部頼んだ。

エドワーズ氏はオクスフォード大学で歴史を学んだ後、ロンドンの競売会社で研鑽を積み、後にピカリング・アンド・チャトー古書店で働いた後、独立した。小柄な人なつっこい、しかも素晴らしい学殖の持ち主で、17,18世紀の書物への書入れから所有者を特定するのを得意とする。私が信頼するイギリスの古書業者3名の中に入る。

エドワーズ氏は早速、今回の出版物の編者ポール・ナッシュ氏に注文を入れてくれた。出来上がって送られて来たのは、小ぶりではあるが、200ページを超える充実した協会の記録だった。これを見て、20世紀のイギリスの印刷、出版、図書館、古書販売などの分野で活躍した多くの人々がここの出身だと分かった。表紙カバーに印圧の跡があるので、嬉しくなって調べてみると、ナッシュ氏がストロベリー・プレスで自ら活字を拾って印刷したという。いまどき珍しい。もう一人の編者ジャスティン・ハウエス氏は、ロンドン南部にある活字博物館のキュレーターの仕事を辞して、セント・ブライド印刷図書館に関係しながらレディング大学の客員教授になった矢先の2005年3月に急死した。氏は20世紀の最も優れたタイポグラファーで、私の教え子たちにも、活版印刷の技術的な面を指導してくれていた。

本書の標題紙の隣には、折りたたまれたグループ写真がある。1978年3月9日にオクスフォードのブレズノーズ・コレッジの学長室で開かれたこの協会の催しの際、撮られたものだ。驚かされるのは、男性は全員タキシード姿、女性は長いスカートを着用している。その後急速に社交の場面から姿を消した正装のプロトコールが、ここにはあった。ケンブリッジのカペル協会の催しには、一度たりともタキシードで参加したことがないので、オクスフォード紳士の保守的な態度を見せ付けられた。

もっと驚かされるのは、そこに集った面々のすごさである。学長で18世紀フランス啓蒙主義の大家ロバート・シャックルトン教授、若いころマロリーのウィンチェスター写本を発見し、後にオクスフォード総長を努めたサー・ウォルター・オークショット博士、オール・ソウルズ・コレッジのジョン・スパロウ学長をはじめとする錚々たる愛書家たちだ。面白いのは最前列にちょこんと座っているのが、ベビー・フェースの学生事務局長クリストファー・エドワーズ氏だったことだ。

これでお分かりのように、オクスブリッジでの課外活動は、わが国とは大いに異なり、学生と教職員が一緒に楽しむのである。スパロウ学長は1951年にこの愛書家団体が誕生して以来、ずっと自室を集会のために提供してきた。そこで1977年には、協会の25周年を記念して、『学長の集会―ジョン・スパロウへ捧げる』というエッセイ集が編纂された。執筆者には『ブック・コレクター』誌の編集長ニコラス・バーカー氏、サザビーの写本部長を長く務めたクリストファー・ド・ハメル博士、大英図書館写本室のヒルトン・ケリハー氏、18世紀書物流通史を書いたジョン・フェザー博士、ロンドン大学のヘンリー・ウッドホイゼン教授、イタリアのインキュナビュラ研究者デニス・ローズ博士、古書業者コリン・フランクリンなど、綺羅星のごとく並んでいる。

エドワーズ氏からは、スパロウ氏に献呈したエッセイ集には、印刷ミスがあるコピーがまだ少し残っていると連絡が来たので、6ポンドという昔のままの値段で入手した。比較してみると、序文と図版一覧が逆の位置で印刷されていた。ここまで来ると何でも入手したくなったので、3月17日のディナーのメニューと座席表はないか問い合わせてみた。エドワーズ氏は自分の分は捨ててしまってないからと、ナッシュ氏に尋ねてくれた。送られて来たメニューは、やはりナッシュ氏が活版で印刷していた。座席表には大英図書館のクリスチャン・ジェンセン博士、レディング大学でタイポグラフィーの歴史を教えていたペギー・スミス博士、元イートン・コレッジ図書館長のポール・クウェリー氏、ロビン・マイヤー女史、フランクリン氏、バーカー氏、ド・ハメル博士など、旧知の顔ぶれが揃っていた。

今回の活動記録を読みながら感心していると、最近は学生会員がいないという。もったいない話だが、ケンブリッジでも1993年に私が一年滞在したときも、カペル協会は学生会員がおらず活動中止に追いやられていた。恩師デレク・ブルーア教授の言によれば、「現代はもはやクラバブルClubbableな時代ではなくなった」、つまり18世紀以降イギリスで発達したジェントルマン・クラブで群れ集う楽しみが消失したというのだ。早く帰宅して家庭サービスに時間を費やさねばならぬ、ということか。そういえばわが国の大学でも、体育会はおろかテニス・サークルに集まる学生数も激減しているという。

オクスフォードでは曲がりなりにも愛書家協会の活動記録が出版されたのを知ると、ケンブリッジではどうかと思って、最近まで大学図書館のNo.2だったデイヴィッド・ホール氏にメールで尋ねてみた。彼からの返事は私を悲しませた。18世紀のシェイクスピア学者に由来するエドワード・カペル協会は、代々の学生書記のミスにより、記録や文献が消失しており、彼の手元にあった資料はすべて大学図書館に寄贈したという。
ケンブリッジだって、名のある書誌学の研究者、古書業者、印刷業者を輩出したのに、残念至極である。

ここまで来たとき、私は一案を思いついた。こんな時代だからこそ、母校に慶應愛書家クラブを作り、卒業生、教員、学生が一体となって、愛書精神を確認しあうのはどうだろうか。海の向こうで学生にも見放された状態ではあるが、自分が定年までの3年間でもやってみたい、という気持ちがふつふつと湧いてきた。慶應出身の愛書家は多い。書誌学、出版、印刷、古書販売の世界には卒業生が多い。書誌学関係のゲスナー賞だって、審査委員は紀田順一郎氏、林望氏、それに私と、みな慶應だ。学内のこれはとめぼしを付けた教員や大学院生はみな賛成してくれた。4月はじめの紀田順一郎氏の出版記念会のおり、この話を紀田氏と荒俣宏氏に持ちかけたら、お二人とも乗り気だった。話を伝え聞いた早稲田の卒業生(雄松堂の会長)からも、入れて欲しいとの声もある。

今年は、大学の書物史の授業では「書物の敵、書物愛」を主題に取り上げている。ぜひ秋口辺りに慶應愛書家クラブの発会式をやりたいと、ない知恵を絞っているところである。

[バックナンバーを読む]

 [雄松堂HPトップに戻る]