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ビゴーの「日本素描集」(明治19年刊)を初めて手にした時の驚きを何と説明したらよいのか。大判の和紙に、白をゆったりととった構で、緑の糸でかがった和とじ本である。表紙を含めば31葉から成るこの銅版画集は、彼の日本での第4作目の版画集で、ビゴー研究家の清水勲氏によれば、絵の組み合わせが多少異なったものがあり、三版以上刊行されたようである。精密な描写、紙や着物の質感・量感の適格さ、しかし画面はあくまでも情緒に流されないように、理知的な統制がなされている。
「読画」という中国の古語を、「画中の詩を味わう風雅な意味合い」を探ることだ、と私たちに教えてくれたのは亡き滝口修造であるが、その古語に 従って、ビゴーのこの「日本素描集」と付き合っていると「日本の抒情」にひかれたビゴーの心のひだが見えてくるのである。女の髪の毛の匂いや赤まんまの花を歌うな、とは中野重治の有名な詩「歌のわかれ」の一節であるが、中野は自ら歌うなと強制せざるをえなかった「日本の抒情」が、ビゴーという類い稀な個性の冷徹な眼によって、刻印されているのである。文明開化によって乱されつつも、四ワ々の日常生活と自然の中でとうとうと流れてきた「日本情」が、私たちの心にひびいてくるのである。
ビゴー(Georges F. Bigot)は明治15年1月、日本美術の研究と浮世絵を生み出した木版画の技術を習得することを目的に来日し、18年間を日本で過ごし、数多くの風刺画を遺した。その幅広いビゴーの活動を、清水勲氏は豊富な資料を駆使して、丹念に紹介してくれたが、その中に、「陸軍将校妻子別れの図」がある。イギリスの週刊誌「グラフィック」に掲載したもので、日清戦争の従軍記者としてスケッチした見送り風景の中の一枚で、泣いてすがる妻子と苦痛に満ちた軍人の相貌が見事にとらえられている。日本人の心性をとらえた傑作といってよい。そして、その悲しげに寄り添う家族の構図は太平洋戦争へと駆り立てられた姿であり、今なお、今日の閉塞状況に潜んで居る私たちの姿に他ならない。
近代化の道を歩みながらも絶対主義天皇制国家の道を歩む日本、その日本から締め出されたビゴーは明治33年(1900)、絶望して日本を去る。心ひかれた「日本の抒情」はなぜに強靱な精神のバネとなって、近代人の知性へと昇華しないのか。そう、なげくビゴーの絶望が手にとるようにわかるのである。
ビゴーの銅版画集「日本素描集」は、「日本の抒情」を心から愛した頃の彼のみずみずしい作品であった。
Bigot, Georges
Tokyo. 1886. First ed. Illustrated with 29 original engravings and 2 covers. 31 leaves. folio. |