ウィリアム・モリス印行ケルムスコット・プレス版

「チョーサー著作集」(1896年)


私が書物の印刷に手を染め始めたのは美しさへのはっきりとした要求を持ち、同時に読みやすく目をくらませず、また奇異な文字の形によって読者の頭を混乱させることのない書物をつくらんという希望のゆえである。 私は中世の書き文字とそれにとって代わった初代印刷の変わらざる讃美者であった。 15世紀の書物については、よくそれらの多くを過剰に飾っている付け足しの飾りがなくともただ印刷活字の力だけでつねに美しいことを私は認めてきた。 そして、活字を印刷し配列したものとして見て一つの喜びとなるような書物をつくりだすことが私の企ての本質である。」
 
(『ケルムスコット・プレス設立の目的に関する覚え書き」、小野二郎『ウィリアム・モリス研究』:『小野二郎著作集』(晶文社)より引用)

 人間の生活すべてに豊かさ(美しさ)を求め、それが無ければ、自らつくり出すことに努力したモリスが私家版印刷所ケルムスコット・プレスを設立して理想の書物づくりに専念し始めたのは1891年1月、56歳の春でした。 それから5 年余りの間に、彼は53点を印行しましたが、中でも「チョーサー著作集」は、 歴史好きのモリスが幼い頃から親しんだ愛読書であり、理想とする中世社会の物語であり、それを自らの手で理想の書物に創りあげることは、いわば理想の現実化であったのです。 活字、用紙、印刷のインク、挿絵、製本など全てに完璧をめざし、5年の歳月をかけて完成させたのでした。この大著の最初の一部が工房からモリスに届けられたのは1896年の夏、体が弱って仕上げの作業に加わることのできなかった頃です。心血を注いだ「チョーサー著作集」を病の床で手にしたモリスの感激は如何ばかりだったでしょう。

モリスのケルムスコット版「チョーサー著作集」は、私たちに遺されたすばらしい富(ウェルス)でありました。病の床で、その富をつくり出した喜びと、それを手離す哀しみがモリスの胸中深く交差していたに違いありません。


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