ゴヤ 銅版画集「気まぐれ」 |
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「気まぐれ」とゴヤの知略
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43番「理性の眠りは妖怪を生む」
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理性と合体された想像力を駆使して、スペインの“妖怪”を告発するのだ、自由なる(caprichos)スペインのために、そう意気込んでみても、異端審問所がひかえている。冒頭には危ないから、とぼけた「自画像」をもってきて、主題の図は43番にしよう、という見事な知略が発揮された。だが、異端審問所は一枚一枚の詮索を執拗に行って、宮廷画家ゴヤの失墜がほぼ確実になったとき、われわれのゴヤは一か八かの大バクチを打つ。「諸外国人においてはこれを入手せんものとの熱意きわめて高きものあり、小生死後にこれが外国人の手に落つることを恐れ、拙者儀、これを王立銅版工場のために、わが主、王に奉献いたしたく存じ候」という手紙を出たのである。この奉献は王に受け入れられ、われわれのゴヤは終身刑を免れたのである。何という知略であり、ふてぶてしさか、想像を絶するのである。
以後、周知のようにすばらしい数々の作品、ウィリアム・モリスの言葉を借りると、人類の富(ウェルス)とも言うべき傑作の数々、「巨人」、「着衣のマハ」、「裸のマハ」、版画集「戦争の惨禍」、「五月二日」、「五月三日」、「黒い絵」、そして死ぬ前年の1827年に描かれた、あの清冽な「ボルドオのミルク売り娘」などである。
あとは堀田善衛の「ゴヤ」四部作を携えて、一点一点の現物の前に立ち、しばし感嘆のあとに頭をたれ、ある時は目頭を熱くし有るときは人間として、ゴヤのように憎悪を腹の底に蓄えて、私たちの「現実」にもどり、その「現実」を凝視してみたい、そんな夢想をみるだけである。